2021年05月29日

もう東京五輪は始まっているのさ

見落とすところだったが、朝日の社会面の下に「オリパラ1649人入国 うち87%を待機免除」という記事があった。

立憲民主党の長妻昭の質問に政府が回答した。
4月から5月16日までオリパラ関係者が80か国から入国し、その87%については2週間の待機を免除。インドからも24人来日し、5月の入国者の14人全員にも待期期間をゆるめる措置がとられた。
昨日、東京都のインド株の感染者はゼロだったが、検査したの25人だったというから真実とはほどとおい。インド株検査の機関がまだ全然少ないのだそうだ。
いったい、どのくらい蔓延しているものか。

非常事態宣言を来月二十日まで延長するというが、対策はゆるめるのだそうだ。それによって人流が増加するのが予測できる。

小松左京の「日本沈没」では、マグマの活動によって日本周辺の海溝に変異がおこり、日本列島が沈むという事態をうけて、山本首相は、その真偽を確かめるためのD計画のほかに、D−2計画を極秘裏に進めた。
D−2計画は、日本脱出計画だ。国民の命を守るために、これまで関係のよくない国々にも頭をさげて、日本人の移住を受けてもらう。

いまのように、外国難民を拒否しているような日本では、それは毛頭適うまい。よって、いまの日本の政治家にはD−2計画は選択肢にはない。
ひたすら、時の流れのままに、身を任せるのだ。

悲しいことだが4月の時点で、もう東京五輪は始まっていた。
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2021年05月28日

五輪を止めるのは誰だー無責任に向き合うって?

週刊現代の広告があって、特集が「五輪をただちに中止せよ」なんてやっている。
でも、これが週刊現代の見解や意見なのではなく、マルクス・ガブリエルみたいな海外の思想家の意見らしいから、あっちではこんなことを言ってますけど、というスタイルなのだ。

これからメディアからは、こうした五輪中止を声高に叫ぶものが目立ってくるだろうと思われる。
それは、開催日までもう二ヶ月を切ったいまでは、(日本の)だれも止められない、とわかったからだ。
犬の遠吠えなら、いくらでもやれる。

朝日のコラムでは、無責任に向き合うとの論調があった。だれも責任のとれないような巨大なイベントはもうやるもんじゃあない。
これ、昨日書いた祝祭資本主義のことだろ。元東京都知事の石原慎太郎と森喜朗さんがアイディアを出したことを思い出す。
ただアイディアを出しただけ、かもしれない。

昨日は「ラストエンペラー」という映画をみた。
ここで日本人を代表するのは坂本龍一が扮した甘粕だった。甘粕は「日本民族は最高だ。インドも中国も占領してアジアは日本が支配するのだ」と叫んでいた。
だれも責任をとらない戦争を日本は始めたわけだが、映画では日本敗戦を知った甘粕が自殺する。
確信犯だったのだ。連合軍に捕まれば必ず処刑されるとわかっていた。

でも、日本人は、だれも戦争を始めた責任者をとがめることをしなかった。ただ東京裁判の経過を傍観するだけだった。

いまわたしは「失われた時を求めて」を読み始めている。
まあほんとに、プルーストの記憶力といったらすごいものだ。わたしにはどのくらいの記憶が残っているのだろうかと反省してしまう。
記憶をなくしてしまってはだめだ、とも思う。

主人公が幼年のときに、庭師が陸軍の行進をみていうことがある。
「とんでもない悪党だ、やつらは。戦争というものは国家が人民に仕掛けようとするぺてんのようなもので、そのぺてんのかけ方がうまいのだから、だれも遁れられない」
「革命のほうがましだよ、革命というと行きたいひとだけが行くんだから」

フランスの庭師はよく考えているよ。

posted by alashi21 at 07:01| Comment(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月27日

朝日新聞の「論壇時評」 林 香里

論壇時評なので、林香里さんの文章は、さまざまな意見を集めて、そこにひとつの流れを見つける作業である。

でも林さんのアンテナにひっかかるものならば、そこには林さんの判断が加わっているはずである。
まず取り上げるのは、アメリカが戦争で唯一負けたベトナム戦争の戦没者記念碑のことである。
なぜ、それを作ったのか。傷を忘れないためだ。
不通なら人は、痛みを忘れよう、なかったものにしようとする。しかし、アメリカはそうはせずに自らの「失敗、判断ミス、欲望、身勝手さ、傲慢」を象徴する傷跡として記念碑を建てた、と精神科医の宮地尚子が記す。

美学者の伊藤亜紗は、傷口に「さわる」と「ふれる」の区別に注目する。

ー傷は痛い。さわられても、ふれられても。けれども、「ふれる」と言ったときには、どこか、内側へと向かう信頼や、双方に共振するいたわりへの予感が呼び出され、力が蓄えられる。

これが今月の論壇時評のテーマである。
日本は五輪で失敗した。その失敗を、今後語り継ぐことができるのか。そうではなく、あのスタジアムこそが、失敗の記念碑となるのだろうか。

それを本間龍の見解としてとりあげる。

ー世界的にみて、東京五輪は税金を湯水のように使って民間企業を肥やす「祝賀資本主義」のもっともグロテスクな完成型で、歴史に記録されるだろう。

ー祝祭の中心にいるのは、メディアと支配する広告代理店電通と大手新聞社だ。東京五輪では、主要報道機関がスポンサーになって、世界にもまれな「五輪翼賛プロパガンダ」体制ができあがった。

昨日のことだ。知人と話をした。その知人は、一週間前までは、五輪は中止でしょう、と言い切っていた。
それが、バッハ会長は、やる気だよ、と言い直したのだった。
日本の関係者たちも、五輪に参加する選手と関係者にワクチンを優先的に接種をして、まわりに入院できずに、自宅で亡くなる感染者がいる状況でも五輪をやる、といっているのだ。

そしてかれらは(祝祭資本主義推進者といってもいい)、中止を決めるのはわたしではありません。わたしにその権限がありません、なんて言っているのだ。

posted by alashi21 at 07:52| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月26日

わたしは何をのぞむのかー五輪開催のこと

5月24日発売の週刊ポストに「東京五輪は「開催」か「中止」か公式スポンサー71社の回答」というのが載った。
そこでは、朝日新聞社は、読売、毎日、日経とどうように「日和見」と書かれていた。

これまでつっこんだ支援金を考えると、やめろとはいえないのか。それとも、反対をいえば、首相とのお茶会によばれなくなるのを恐れるか、
だが朝日は26日の社説にははっきりと「五輪は中止すべき」と書いた。

社説は何のためにあるのか、というコラムが数日前にあったが、それを受けたものだ。
「中止の決断を首相に求める」という見出しがついているので、忙しくてゆっくりと新聞記事を読めないサラリーマンも、これだけで内容がわかる。
また、新聞はとっていても社説なんか難しくて読んだことはない、というわたしも読んでみたくなる。

小見出しだけを抜き出してみる。
「生命・健康が最優先」「『賭け』は許されない」「憲章の理念はどこへ」
どれもうなずける。

―復興五輪・コンパクト五輪のめっきがはがれ、「コロナに打ち勝った証し」も消えた今、五輪は政権を維持し、選挙に臨むための道具になりつつある。」

―そもそも五輪とは何か。社会に分断を残し、万人に祝福されない祭典を強行したとき、何を得て、何を失うのか」

わたしが夏にやってきた仕事がある。その仕事は、昨年はコロナ禍によってなくなった。県が決めた。これは痛かった。
その代わりとして一律の支援金の10万円があった。足りなかったが、まだ国の政策を感じた。
その夏限定の仕事は、東京五輪が行われればやる、ということを告げられた。

しかしこれは微妙だ。
東京五輪は、五輪の関係者だけを「安全・安心」の環境をつくって、その外に炎にあがっても関係なく行うつもりである。
スタジアムのそとでは、緊急事態宣言下で、あらゆるイベントが中止になっている中でもやるとIOC会長が宣言しているのだ。

わたしのような弱い立場のものたちは、仕事があるなら五輪をやってもらいたい、と願う。
そして東京がコロナ猛火につつまれることを予想し、それでも責任を取らない政府与党の悪夢を想像する。

五輪を強行するよりも、中止するほうが、政権与党の評価があがる。

今朝の川柳だ

本音まるだし「犠牲出しても」(埼玉県 渡辺 梢)

IOCベール脱げば興行師(大阪府 樋口正子)

信じますIOCよりCDC(神奈川県 藁科 誠)

ひねったところもなく、ストレートで、納得できる。
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2021年05月22日

東京オリンピックと時事川柳と猪瀬直樹さん

しばらく前から、朝日新聞の川柳をみるようになった。テレビの番組から辛口のコメンテーターがいなくなって、かわりに時事川柳が市民感情をだしているとおもえるからだ。

これは、五輪が中止になるまで続けて行こうとせっせと川柳をメモしている。
朝日新聞社も五輪に協力金をだしている手前、五輪中止を記事にできなかったが、ここ数日では、もう無理だな、みたいな空気感をだしてきている。
国民の8割以上が延期か中止を求めているのだ。当然といえば当然だ。

ブログというのは、まあ即時性があるわけで、ここでさくさく書いていることがすぐにネットでアップされる。
いまのわたしの感情を記録しておくにちょうどいいツールだ。
映画鑑賞のメモ、なんかは別にいますぐでなくてもいい。

朝日の耕論で三人の論者が五輪開催について意見を述べている。
なかでも招致決定のときの当事者である猪瀬直樹さんの意見は、やはり賛成なのだった。
猪瀬さんは、日ごろ日の当たらない貧乏なアスリートが注目される五輪なんだから、という理由で開催賛成なのだ。

そうか。スポーツをやるひとは、オリンピックで注目されるために始めるのだ。すこし結果がでると、周りに応援団ができる。そういうアスリートの周辺を含めての救済のために五輪はあるのだという。

猪瀬さんは、そういう目標である五輪は、もはやビジネスである、と断言している。アスリートにお金が回るようにしてやるイベントであると言いうのだ。
それをしらないわれわれ、五輪憲章とか言っているわれわれは、愚かなのだ。

では猪瀬さんに云っておこうと思う。五輪が終わってから、お金がなくなりました。アスリートさんの救済のためのお祭りで税金をいっぱい使ってしまいました。だから、税金をあげさせてもらいます、なんて絶対に言うなよな、と。
アスリートさんのために、困窮者が増加したとしても、それは我慢してください、なんていうなよな。

いま、わたしが思うことはこれだけだ。他の国では、コロナ対策にやっきになってワクチンを集めているのに、日本はなにをやっているのか、と世界の笑いものになっているのではないでしょうか。

今日の川柳をふたつ

ワクチンは五輪・選挙のためならず(岡山県 木田 昌)

気のせいかバッハとゴーン同じ顔(宮崎県 太田博之)

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2021年05月01日

あるサイトだけ音声にミュートがかかっていることについての、この連休にそれで悩むのはいやだという憤懣

「スマホ脳」は、わが市立の図書館では三冊あるのだが、いま50人待ち状態であるので、本屋さんで立ち読みして内容を把握するしかない。
それによれば、スマホを開くと、いま最優先でやらなければいけないことをどけて、どうでもいいことに何時間も時間を浪費するのがスマホだとなっている、らしい。
スマホ依存症の人は、就寝するときには枕元にスマホを置き、朝目覚めたらまずスマホを開く、らしい。
それは、自分に関するなにか重大なことがスマホに届いていないか、という確認なのだが、一度開くと、まったく自分に優先されないものごとに興味がいってしまい、つぎつぎとタップするものだから、あっという間に1時間経ってしまう、ということになる。

それが、やがては脳の機能をぐちゃくちゃにしてしまう、らしいのだ。

それはしかし、スマホでなくてもパソコンをやっているとよくあることだ。
パソコン上に起きるさまざまなトラブルがある。いま我が家ではJ−COMの「おまかせサポート」に入っているので、たいがいのトラブルはここで対応してもろうと安易なのだが、おまかせサポートの対象外というのものもある。いや、大抵のトラブルは対象外なのだ。
それで、自分なりに「パソコントラブルの解消」というノートを作って、そのときの処理をメモして次におきたときには、即座に直してみせようとしている。

ちなみに「IME]表示が消えてしまった」ときの処理がわかるだろうか。これで日本語入力ができなくなるのだから、もうパソコンは用をなさなくなる。こういうとき、われわれのようなパソコンの初心者的人間は、一日中をそれだけに費やし、修復できなければ寝不足にもなる、というものだ。

こんたびは家内のパソコンの、よく見ているあるサイトの音声がミュートになったまま、これを解除できなくなってしまった。
パソコン上のスピーカーアイコンはミュート解除になっていても、そのサイトのミュートはそのままなのだ。

なんとかしてくれ、と家内にどつかれたのだが、ほかのサイトの音声もユーチューブの音声も、それは支障がなく聞こえているのだ。
わたしのパソコンの、そのサイトを開いて音声を出してみると、あら聞こえるぜ、状態である。
家内のパソコンの特定のサイトの問題なので、これではJ−COMには相談できない。

これはサイトへメールを送って相談する以外に方法はないぞ、と家内に言った。

それにしてもだ。こんなトラブルがゴールデンウイークを待っていたように起こるのだ。
そのサイトの音声が聞こえなくても、命に別状はないことを知るべきなのだ。家内は。
せっかく世間がのんびりしているのだ、わが家だけ不幸に見舞われた感はやめようぜ。

家内は、まだサイト側にメールは送っていないようだ。もし「それは、あなたのパソコンの機能障害です」なんてきたら、また家内はわたしをどついてくるに決まっている。
posted by alashi21 at 08:28| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月29日

林 香里さんの論壇時評はいいよ!

今月から朝日新聞の論壇時評が津田大介さんから林さんに代わった。
そのタイミングというのを林さん自身が考えている。朝日新聞の読者が1997年のピークの6割になったこと。つまり新聞ジャーナリズムの退潮期に声をかけられた。

これを受けて林さんは、いまの新聞メディアの不甲斐なさをこきおろしているのだ。
取り上げたのは森達也さんの「中立や客観を装って一人称を主語にした疑問や使命感、悲しみをごまかすな」や、牧野洋さんの「日本のメディアの役員の、多様性とは対極の組織構造で社会問題に対する見方を歪めている」や、たかまつななさんの「芸能界のセクハラを軽くみてしまうメディアこそ問題だ」という意見だ。

私は、東日本大震災のあとに福島原発事故の現地にはいって取材した女性記者のツイートをフォローしているが、彼女はいまは配置替えになり記事を書けないでいる。
そんな青木さんの著書が、朝日新聞社内にある書店で販売されていて、しかも売れているという。
問題は、現場で働く記者たちではなく、政権幹部と会食するような役員たちの姿勢であるのだろう。またそれを忖度する出世願望の管理職たちだ。

内田樹によれば、新聞の部数の減少には、中間層がいなくなったことがある。
これまで新聞購読を支えてきたのは中間層だ。
中間層は、まだ絶望していない、社会を変えていこうという炎は胸のもっている層だ。
だがいまは、富裕層と絶望の層と二分化している。当然ながら絶望の層は新聞は読まない。
すると富裕層にこびるように新聞記事は整えられていくことになる。
ますます絶望の層は新聞から離れていく。ここからはポピュリズムしか生まれない。

いま新聞をよむと、なんと弱者に抑圧なのだろうか、というのがみえる。
けさの社会面も、和歌山のドンファンが事件とされ容疑者の元妻が逮捕された、という記事がでっかい。
まだ容疑者だろ。これから検察に送られ、起訴されても、まだ容疑者であって、犯罪者ではないはずだが、テレビはもう犯罪者扱いで報道している。
これを大事件のように新聞が報道している。読者を馬鹿にするな、と思う。
まったく、松本のサリン事件の、最初の報道の夕刊の記事が思い出されるぜ。

林香里さんは大学の先生だ。でも東大に入る若者には、あまり希望は託せないわたしだ。

でも今朝は、雨なのにいい気分だ。
posted by alashi21 at 07:15| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月28日

ヨドバシドットコムでプリンターを注文、その後

4月3日に代金をコンビニで支払い、購入決定であった商品が、4月24日になっても未入荷というメールが届いた。
次の入荷予定は5月23日というので、これはあまりにもひどいのではないかと感じた。

ひと月待つのは仕方がない、という気持ちがあったが、家内から「キャンセルしなさいよ」と言われて、我慢する気が失せた。
メーカーに電話して、該当商品がメーカーにないものか。ほかの業者では扱っているのではないか、との疑念を晴らすために、メーカーに電話した。
メーカーサイドのダイレクトサービスでも該当商品は在庫がない、と言われた。理由は、新型コロナウイルスの影響で生産が滞っているというのだ。
昨年発売の該当商品は、それだけ売れていたわけだ。

それを受けて、ヨドバシドットコムに電話した。電話番号はメールから指定されたサイトに入ると、注文者の状況が把握できるページに入って、電話番号があった。
つながるまで20分かかった。

電話がつながってからはスムーズに運んだ。注文番号と名前をいうと、向こうではわたしに送られたメールを確認し、まだ発送してないのでキャンセルできるという。
コンビニで支払ったというと、指定の銀行口座に代金を振り込む、といわれた。ゆうちょの店番と口座番号を伝えると、連休前なので連休あとに振り込むがいいか、と訊かれた。
いい、と答えた。
これでキャンセルが済んだ。

該当商品には未練があるが、新型コロナウイルスが終息しないかぎり、店頭に並ぶことはないと思うと、未練は捨てなければならない。

わたしのほかにも、すでに修理期間が過ぎてしまったプリンターを使っている人はおおいだろう。
その愛用しているプリンターが壊れたときには、修理不能と言われ、新機種を探してくださいと言われるのだ。
だが、このコロナ禍においては、ネットで買物をするのはよくよく注意したほうがいい。
在庫あり、という表示でも疑ったほうがいいかもしれない。

とはいえ、わたしの不遇はすべて新型コロナウイルスが原因であって、ヨドバシドットコムに責任を押し付けるわけではない。
キャンセル対応にイライラは解消したのだから。

追加 4月30日
 キャンセル対応した人からは「返金は連休明けの振込になります」と言われたが、たまたまほかの都合で記帳に行ったら、しっかりと入金されてあった。早い対応に誠意を感じた。
posted by alashi21 at 16:38| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月27日

ヨドバシドットコムで注文、その後

4月3日に注文し代金をコンビニでしはらったエプソンのプリンター。
在庫がなくて4月25日に入荷予定というメールが届いた。
4月25日にメールがきた。

まだ商品が入荷出来ていない。理由はメーカーにも商品がないとのことである。
つぎの入荷が5月23日だという。
これが本当なのかどうか、ほかのネットでは該当商品がどうなっているのかこれから調べようと思う。

もしかたしたヨドバシドットコムだけに商品が回っていないのかもしれないから。
posted by alashi21 at 12:49| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月25日

映画日記

大型映画施設は休業するらしい。その前に公共施設で『おらおらでひとりいぐも』(沖田修一監督)をみてきた。とても一回だけでは芯まで味わうことができかねる。
映画は、過去と現在が混在し主人公の日高桃子さんだって三人の女性が演じているのだ。ぼんやりしていたらどのシーンも前のシーンと関連性がわからない。
それでもわたしたちは、テレビや新聞を離れて映画を映画館で金を払ってみなければいけないとつよく思う。それもわかりすぎる映画よりは、なんだか不思議な映画、というほうがよろしい。

深夜にNHKのBSPで、ハリウッド映画でアメリカの70年代を総括するという「サブカルチャー」ものをやっていた。挿入される映画はたっぷりなので爽快であった。わたしが見始めたのは「ジョーズ」のところで監督したスピルバーグは27歳だったという。
『デア・ハンター』『サタデーナイト・フィーバー』『タクシードライバー』『地獄の黙示録』『クレーマー・クレーマー』『ロッキー』などの作品に解説をまじえ、アメリカで70年代に浮かび上がった問題はいまもなお引きずっている、とまとめた。
つまりトランプ大統領を押し出したものが70年代から始まっていたのだ。

文芸雑誌「新潮」に連載されている平山周吉氏の「小津安二郎」はすごい内容でおどろいてしまった。わたしが読んだのは八回目だが『東京物語』を原節子にスポットをあてて《戦争未亡人》を書いている。
女優としての原節子は、戦争中に子孫を残すためにと結婚に走る女性に理解を示さず、自分は結婚なんかしないとインタビューに答えている。
当時の結婚相手は戦争で死んでしまうのが予測されての結婚であるから、その先には戦争未亡人の人生が待っている。それを原節子は自分の選択肢として同意するものではないのだ。
ところが『東京物語』ではその戦争未亡人を演じているのだ。

『東京物語』まで監督の小津安二郎は原節子の役名を紀子としていた。『晩春』『麦秋』での紀子はまだ元気があった。しかし『東京物語』の紀子は《肩身が狭い。一歩下がって、威儀を正している。率直な物言いをしない。具体的なプロフィールは映画の中で明かされていない》
そういう扱いの原節子の台詞は、いちいちが謎めいてしまう。ほかの登場人物たちのことは背景に下がってしまい、これはもう紀子を調査せずにはいられなくなってしまう。

こんなふうに小津安二郎の映画を観たことはなかった。
映画を一回しかみない観客には、監督が意図したものや、意図せずともカメラがとらえてしまったものを考える余裕は与えられない。ただ、なにかしらのひっかりが残るだけだ。
名画といわれる映画はそういうものだ。

さきにあげたNHKBSPの「70年代のサブカルチャー」のドキュメンタリーでもそうだが、映画は娯楽的な要素を表皮とながらも、なかの果実をもたべなくてはもったいない。
われわれは、映画をみるために働くのだ、と言ってしまえ。

沖田修一といえば『南極料理人』しか覚えていない。
極地での生活は想像以上に厳しいはずであるが、仲間がいて、料理人がいて、なかなか孤独ってものとは真逆なものらしい。
『おらおらでひとりいぐも』も、75歳の未亡人のひとりぐらしが、そうでもないさあ賑やかなもんだよ、というテーマかどうかはわからない。



posted by alashi21 at 08:29| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月18日

もう「ドクターX」は見たくない

4月17日のTBS「報道特集」で、金平さんが大阪の病院に行き現状をみてから吉村知事に質問していたのを視た。

ワイドショーでも、吉村知事の会見の映像は一方的に知事がしゃべって終わりが通例だったが報道特集では違った。実際に医療崩壊の現場をみた記者がそれを踏まえて質問するのだ。緊急事態宣言の早期解除がいまの惨状の原因ではないか、と。

病院では昨日までは10人待ちだったのがカメラを回している最中に「80人待ちになりました」と看護師が医師に告げているのを映していたのだ。これじゃあ心筋梗塞や脳卒中の患者を救えないでしょ。

このあいだまでテレビで「にじいろカルテ」とか「神様のカルテ」をみていた。でももう『ドクターX』は見ることはないだろうと思った。
外科手術が趣味で特技といってたデーモン美知子だが患者を受け入れる病院がない。手術で救える患者が大阪では救えないのだ。
東京オリパラをテレビでみるコロナ感染者の悔しさはいかばかりかと想像するが、もうテレビで医者関係のドラマをみてもしらけるばかりだし、そうでなくてはいけないとつよく思う。

『ドクターX』の「わたし失敗しないので」を見て、爽快だ、なんていう感覚はまともではないだろう。
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2021年04月16日

こうなたら小説でも書こうか

どうも日本はこれてしまっているな、と感じている。

最近は意味のわからない言葉が矢鱈と目につくようになってきた。これまで最たるものは「絆」だったが、いま「勇気を与える」になった。
毎日毎日、わけのわからないことが政府によっておこなわれている。
福島第一原発からでた処理水(放射性物質を含んだ水)の海への放出は、それが決定される前に政府は電通に金を出して、アッピール動画をつくらせていた、というのだ。
福島ならずとも日本の国民を馬鹿にしているやり方である。そう思わない国民はおかしいぞ。

なんてことをいちいち論評する(あるいはブログにしたためる)のも詮無いことだ。それでこころが静まるわけではない。
こころを沈めるには、小説を書くことだと思ったのだ。

ツイッターは、ネットで一人デモを挙行するようなものだと考える。
わたしらのように、あとは余生だと自覚しているものは、思い残すことがあってはならない。
反対なものは反対と言わねばならない。それをツイッターでやる。
しかしブログはどうだろうか。

愚痴はダメだ。自己消化してしまう。もっと冷静になって、社会を舞台にして人間を動かしてものを言ってみたいのだ。
小説を書くには訓練がいるだろう。着想を得てからもペンを持つまでに準備がいるだろう。
時間はかかる。家事のあいまにできるものではないかもしれない。

それにしても、面白がってみればいまの日本はネタがごろごろ転がっているのがわかる。
よそさまが書いたことのない、まったく新規な小説を書くことができたら、こんな素敵なことはない。

さらには、明けない夜がないように、政権だってまた変わる。すぐに変わることを考えれば、わたしはもっと長いスパーンで仕事をしたいのだ。
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2021年04月14日

ヨドバシドットコム、その後

註文したプリンターが届いたらアップしようと思っていたが、まだなので、なるべく冷静に、こころ沈めて書く。

4月3日に代金を入金した。
経過詳細のところへケータイメールからいけるようになっていて、4月13日にみたら、こうなっていた。

「商品の入荷が遅れていて、24日に入荷予定」とのことだ。

この商品を注文したのはわたしひとりではない、だろうから、他にも困っている人がいるはずだ。
わたしの場合は、使っているっプリンターのブラックのノズル詰まりなので、まだ使えない訳ではない。
しかし、ほかの故障ですぐにあらたな機種がほしい場合、まだ二週間待てというのは酷に思える。

わたしは、ひたすら冷静になるよう努力している。
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2021年04月12日

はじめてヨドバシドットコムを使ったが

プリンターのノズルが詰まって印刷にムラができるようになった。ブラックだけなので、いまはシアンで代用している。

しかし古い機種なので修理はできないとネットにあった。それで機種交換することにしたのだ。
ヨドバシを選んだのは、値段である。商品は在庫なしでお取り寄せと明示されていた。
しばらくブラックをシオンで代行するので、少々時間がかかってもいいか、という判断だった。
ヨドバシドットコムの登録を済ませ、ファミマで代金を振り込んだのが4月3日だ。
すぐにケータイにメールがきた。詳細は別にと指示されて、クリックしたら、商品の発送準備ができたらまたメールする、とあった。
おなじメールが4日に二度きた。それには「商品発送の状況連絡」とあったから、発送するってことか、と思って詳細をみると、前と同じく「発送手配準備ができたらまたメールで連絡」と変わらない。

一週間たってこのメールである。
不安になる。わたし「ちょっと」とか「すこし」というあいまいな言葉はきらいなので、不安なものは不安だ、と書く。

お取り寄せ商品をネットで購入するというのは、こういう不安を抱える、ということか。
ネットで家電を買うのはおおむね値段の安さである。即使う必要があるものは、お店で購入するに限るわけだ。
そこで両方を比べてみる。店頭で購入するのとネットでの割安の差額だ。
わたしが抱えるこの不安が、その差額と見合うものであるのかどうかだ。

ネットで商品を購入する場合は、相手の顔はみえない。いってみればAIということになる。
わたしの注文は、いまはどこかのケーブルのなかを迷子になっているかもしれない。
そこにそこに交番はあるのだろうか。

アマゾンからメールがあった。
それには冷蔵庫のお届けが済んだ、という連絡が(取り扱い業者から)まだないので、代金請求は止まっている、というものだ。
一方の、ヨドバシドットコムのほうは、商品は届かないのだが、支払いは終了しているのだった。
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2021年04月10日

アマゾンで冷蔵庫を買ったよ

前回で冷蔵庫を替えかえる顛末を書いた。メーカーから、年数もたっていて部品がなく修理は高額になる。家電量販店で新しい商品を検討してください、という診断だった。

いままで使っていた冷蔵庫は我が家に大きすぎて、設置するのにてこずった記憶がある。もちょっと小さめのほうがいいだろ、と351Lを選んだ。
最初はジャパネットたかたのDMから探したが、該当商品の設置に3週間かかるとなっていて、これは故障ゆえに即急に必要な我が家には適当ではないとなった。できるだけ早く設置できることを優先して、家内が選んだのがアマゾンだった。
アマゾンはよく利用しているので、新規登録などの手間がいらない。
ネットでの手続きはわたしの役目となった。
条件は、旧い冷蔵庫の引き取りと設置工事を込みにすることだ。選んだ商品には5000円のクーポン券がついている、と家内がいうが、よくわからない。
まずこのクーポンを取得することから始めた。なかなかスムーズにいくものではない。
検索画面で「アマゾンのクーポンを取得する方法?」と検索して、苦難の末に取得したが、それからも大変。
わたしが先走って、該当冷蔵庫を「カートに入れる」状態にしてから家内に声をかけた。

家内は「オプションサービスはどうなっている?」と「到着日はどうした?」と訊く、まだ注文を確定してないよ。と答える。
そして「カートの中身」をみると、たしかに「引き取り・設置とも」はチェックされていない。おいおい、これどうすんだよお、と泡を食う始末だ。
パソコンの前で二人が、画面を戻せ、画面を下方にスクロールしろ、などと喚き合う。

結果としては変更画面にたどり着き、注文手続いに進む。すると、カートに入れてあった先の分も注文となって画面に出てくる。
変更をクリックして、引き取り・設置のないほうの商品を削除する。それで注文確定画面に。
それでも注文は二件になっている。これ、冷蔵庫が一件。オプションサービスが一件ということなのだ。紛らわしい。
商品の受けとりの指定を三日後にした。二日で商品の通路を確保する必要がある。とくに、今使っている冷蔵庫を出すのが難儀だろうと。

金額をみると合計で確かに、オプションサービス込みの、冷蔵庫一台になっているので、これだ確定でいいだろ、と。
あとで届いたメールには、商品の届日は三日後になっていたが、オプションサービスが翌日の日付になっていた。まさか引き取りだけが先に行うということはあるまい、と念のために返信メールを送ったが、自動で送信されたメールへの返信は届くはずもない。
ネットでものを買う場合、こうした疑問にはダイレクトで答える電話案内は存在しないことを頭にいれておく必要がある。
疑問があったら検索で調べるしかない。それゆえに、アマゾンのCOEベゾスは世界一の金持ちになった。

二日かけて台所だけでなく廊下も片づけて、買い物をして夕方帰ったら電話が鳴った。
掲示をみた家内が、070だから出なかったが、アマゾンから「明日9:30から12:00までのあいだにいくので在宅お願い」という留守電があった、と言ってくる。

そして当日、玄関回りを片づける。まあほんとにきれいになったものだ。いつでも来い!だ。
じつをいうと、冷蔵庫のくっついている二段の食器棚があり、これが邪魔かもしれないと、一度は移動しようかと考えた。
食器を全部取り出してさあ動かそうとしたら、二段なもので上部がはずせるようになっている。その上部部分だけでも動かせない。むりを強いると倒れる危険があって、移動を止めることにした。ただ中身は除いたままで対処しようと。

当日は食事を6時には済ませ、まんじりともせずに「大菩薩峠」の8巻を読みながら時間を待った。
居間で落ち着かず、書斎にこもって手紙を書き始めたら、三枚目にかかったところで家内から「来たよ」と告げられた。
予定の9:30だった。ちなみに、すべて作業が終わってドアを閉め、時計をみたら10時前だったので、スムーズに運んだほうではないかと思う。

若い作業員二人は私服で、作業着姿ではなかったことが意外だった。ひとりが指示しもうひとりは指示通りに、冷蔵庫を乗せた布を操作する。
台所から出すときに頭を傾ける、その頭のほうを指示者がもって、前に出ろ、布ごと引け、などと指示する。廊下にでてしまえば向きを変えるのもらくですぐ玄関にすすむ。
外にでてから(我が家は三階)うまく歩調を合わせて階段をおりることになるが、そこはあえて目撃しないようにした。階段がなければこんな楽な作業はないはずだ。

最初に作業員が「まず中をみせてください」といって台所にはいって、冷蔵庫をみるなり「〇〇の冷蔵庫なのでリサイクルとして4730円になります。」と告げられた。わたしはすぐに納得したが、家内は、えっ という反応だった。それもオプションサービスに含まれていると思っていたのだ。あとで家内が言った。「それがクーポンと相殺になるってことか」
4730円とは家電のリサイクルとしては高いかもしれない。しかしこれが安いということは処理がはなはな不明である疑念も生じる。
おなじ家電に一括されていても、環境破壊に影響を及ぼすフロムガスを含む家電は、廃棄処理に手間がかかるのだ。

すぐに注文した冷蔵庫が三階まで運ばれて、踊り場で包装を解かれて、家の中に運ばれてくる。設置はスムーズに進んだ。それこそ障害がないためにあっという間だった。
最後に作業員が「なにか訊きたいことありますか」と言ってきた。咄嗟に言われて「取扱説明書はありますか?」と家内は訊いた。
「ここです」と冷蔵庫の野菜室を扉を引いたらなかに冊子が入っていた。
わたしは保証書だけが大事だが、それはすでに受け取っていた。アマゾン、売ってしまえば、あとはメーカーに、ということになる。

作業員が帰ってしまってから、リサイクルの代金の領収書をみると、アマゾンとは無関係と思われる社名が書かれていた。
そういうことか、と思った。
これは推測であるが、わが家にきた作業員は産廃業者のアルバイトではないか。アマゾンからの三次下請けみたいなもので、集められたアルバイトはトラックを借りて産廃業者の指示を受けて、まずメーカーへ行き商品を受け取る。
それを顧客まで運び設置するのと同時に、リサイクル対象物を引き取り、そのまま産廃処理場まで運ぶ、ということだ。
作業するのはアルバイトで、それぞれの社員は電話だけすればいい。さらにアマゾンからは業者へのメールだけで済むことになる。
巨大なコンピュータがあれば、職員(専門知識)はいらない、ということになる。
これ、あくまで推測です。

前の冷蔵庫は20年近く使っている。よく動いてくれたほうだと思う。
しかし日々のメンテナンスを尽くしていたわけではない。夫婦たがいに仕事をもっていれば、休日だって楽をしたいのだ。
今回、冷蔵庫を替えかえるにあたって中をよく掃除した。切なくなってきたのである。
あちこちにこびりついた汁のあとがある。期限のきれた消臭剤が三個もある。
奥のほうには賞味期限のきれた瓶や調味料など出てくる。これはもう名誉の負傷を負った兵士のようなものだ。
家内がつぶやいたものだ。ほかの家電はなくってもなんとかなるが、冷蔵庫はほんとに困るわ、と。
たしかに、買い置きしてた冷凍食品はだめになっただけでなく、毎日の調理にことごとく支障が出る。

冷蔵庫が使えない日々のなかでテレビ朝日の「家事ヤロウ」を見ていたときに、和田明日香の30分勝負があった。
炊飯器でご飯が炊きあがるまでの時間で三品料理をつくる、というやつだ。
時間との闘いのとき、冷蔵庫の開け閉めは幾度も繰り返されるのを観た。
冷蔵庫にはなんの貼付もなく、正面、側面ともにぴっかぴっかなのには、嫉妬を覚えた。
冷蔵庫のドアをどんどんと強く閉めるのは、冷気を逃がさないための必須手段である。これがやわな冷蔵庫は失格である。
そのために、でかい図体で、中身がすかすかなほうが、効率もよいことになる。
とは言っても団地すまいではなかなか。
しかも七十をすぎた夫婦二人では、和田明日香さまのように効率優先というわけにはいかないのである。

とはいえ、メンテナンスは意識してやっていこうと決意する。
これを女房任せにはしていられない。わたしも調理する人間であるのだから。

posted by alashi21 at 09:55| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月06日

冷蔵庫で電気生活を考える

ハイキングから帰って夕方、さあ疲れをとろうと冷蔵庫をあけた。
冷やしておいたペットボトルのお茶が生ぬるかった。氷を入れようと製氷室をあけたら水がたぷたぷゆれていた。
まえもこんなことがあった。あれは停電のせいだったか。
まだ冷凍庫のほうはゆるんでいなくて、翌朝までのんびり過ごしたが、改善するはずもなく、すると朝食の支度に熱がはいらず頭痛までしてくる。

メーカーの相談室に電話してみる。電話にでたひとは女性で、いま冷蔵庫担当者が空いているのですぐつなぐという。
それでもしばらく時間がったが女性の担当者がおまたせ、と出てくれた。めずらしくふたりとも女性だ。このメーカーはいいかも。
なんでもわたしが解決します、といってくれたが、室温をみてみると冷凍室の温度が10度になっていて、これは故障だといわれる。
もう20年以上たっている商品なので部品もなく、修理は高額になる、と裁断される。
ってことは新しい冷蔵庫を買え、ということですね。そうですね、家電量販店で品選びをしてください。
ありがとう。たしかに解決しました。

団地の3階に住むので運ぶ業者には負担になる。いま向かに住む若い夫婦は引っ越しの準備にかかっている。冷蔵庫の搬入と引っ越しが重なるとせまい階段は大変なのだ。
それに冷蔵庫を設置するために、通り道の十分なスペースを確保しなければいけない。部屋を片付ける手間もあり、すぐに購入というわけにはいかなかった。
しばらく冷蔵庫のない生活を過ごさなくていけない。それを考える。

縄文時代のことを考えたり、「ぽつんと一軒家」を観たりすると、自然に囲まれた生活もいいじゃないか、と誘われるが、とんでもないことである。われわれはもう電気なしの生活はできない。
今朝朝食をつくるために冷蔵庫はあけたのは、ヤクルトとヨーグルトを出すことから。
いま冷蔵室や野菜室の温度は17度以下ではない。
つぎにサラダ用のキャベツの千切りのパックをあけたらぱさぱさに乾いていた。乾燥まじかだった。
ピザトーストをつくっているのは、はやくパルメザンチーズを使いきるためである。買い置きが二袋もある。
冷凍室にマーガリンをしまっているがもう溶けかかっている。
きったパンにマーガリンを塗ってトマトケチャップを塗って、痛めた玉ねぎをのせ、ハムとトマトとチーズをのせ、最後に刻んだピーマンをのせるのだが、虚しさが襲ってくるようだ。
家内には「冷蔵庫がなくったって死ぬわけじゃあない」というものの、どうだこの虚しさは。

思うのは、昨今の水害で家を破壊された人たちの絶望感だ。東日本大震災の被害者たちは、冷蔵庫どころではない、なにもかもが失われ、他力にすがるほかなかった。その虚しさに比べたら、冷蔵庫喪失くらい屁でもない、はずだった。
げんにいまだって、ミャンマーをみろ、バングラデシュに避難しているロヒンギャをみろ。ただ身をちぢこまらせて、だれかの好意を待つしかないのだ。
おそらく、そうした想像力すらなくしてしまうのが、この文化というやつだ。
我が家には、もうしばらくすれば冷蔵庫はやってくるだろう。そのときには、わたしの感情の起伏というがあるだろう。
つねに笑顔で対応しようと思う。
posted by alashi21 at 08:15| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月04日

現代詩と短歌でつかまえるのか、現代を

わたしは、できるだけ毎日一冊の詩集をよむようにしている。果たせてないが。

これまで読んだのは「あけがたにくる人よ」(永瀬清子)、「会社の人事」(片桐雅夫)、「茨木のり子」、「田舎詩篇」(中江俊夫)なんかだ。
だから現代詩のスタイルには慣れている。しかし短歌は、毎週の朝日歌壇を読むくらいで、まとめて熱心に歌人を読んだことがない。
わたしにが、歌人の歌集を読むことはたまらない苦痛になってしまう。

今朝テレビで皇室の歌会が映っていた。秋篠宮真子さまの短歌もあった。

《烏瓜その実は冴ゆる朱の色に染まりてゆけり深まる秋に》

なんとなく詠み人の心情はわかるが、歌としてうまいのかよくわからない。ふつう、短歌は上の句で風景を詠い、下の句で心情を詠う、のではなかったか。

『短歌へのいざない』の著者生方たつゑが、著書の最初に短歌について説いている。

「この(短歌)の形式のなかに、この複雑な現代に生きている人間の感情や思索を、どのように簡潔によみこんでゆけるのかという問題です。定型の価値は、その短少な形のなかに、豊富で複雑な内容を盛ることにあるのですから」

また

「いわば、外側にあるものをみずからのものとすることであり、自分のものにするということは、対象を芯から愛するということなのです」

対象とは自然界である。自然界を愛することによって、自分のものになってくる。ことば選びがその作業だ。
烏瓜は、赤みが増すほど滅びに近くなる。そしてその朱色は貧相なものになっていく。朱色になる一歩手前がうつくしいが、それは色のピンフォーカスであって、あくまでも烏瓜は皇室のイメージにふさわしいものではない。

一方の庶民の短歌には、外側に自然界はない。

「していない」と断言しない政治家の「記憶にない」は「したかもしれない」  (綾瀬市 小室安弘)

記憶にない忘れましたとボケすすむ人らが国家の運営をする          (東京都 野上 卓)

この二句をあえてあげるのは、ほかの歌を詠んだ庶民だって、こうした心情をもっている。ただ歌として詠まないだけだと考えるからだ。
かれらだって、烏瓜のように秋になって朱に染まる自然界を、芯に愛したいものであるはずだ。
だが、そんな甘い抒情を抑え込む憤怒がこころをいっぱいにする。

吉原幸子の『発光』という詩集のなかにある「弟よ」には、大来皇女(おほくのひめみこ)の歌ー神風の伊勢の国にもあらましをなにしか来けむ君もあらなくに という歌が付いている。
万葉集の歌をうけて詩人は現代詩を創出する。

ーたったふた月まへ
 ひっそりと 伊勢まで会ひにきてくれたあなたを
 あの暁 わたたしは見送った
 秋のさびしい山道を越えて 
 帰ってゆくうしろ姿に
 くらい胸騒ぎを打ち消しながら
 いつまでも 立ちつくしてゐた
 露にぬれて

詩人は、山道で朱に染まった烏瓜をみつけても、不吉なものとして投げすてるだろうと思う。わが感情に踏み入らせるものではない。まして現代ならなおさらだろう。

posted by alashi21 at 07:52| Comment(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月03日

阪神タイガースはどこへ

朝日新聞記者のことしの戦力比較では阪神はだいぶよくて、優勝候補にあげている記者もいた。
いまのところ糸原と近本の1,2番がいいしメルテとサンズの助っ人もよくやっているし佐藤もやっと2本目のホームランを打った。
あと投手陣が出てくれれば、というところか。

その阪神は大変なことになった。いまスポーツで観客がいて、静かであるが応援を選手が感受できているのはプロ野球くらいのもんだ。
ところが大阪と兵庫が「まん防」になるというので、5月2日までの全15試合のチケットを売らないということになった。
吉村知事が、早めの緊急事態宣言解除をおこなったつけである。甲子園球場は被害者だが、センバツはぎりぎりよかった。
おととい横浜球場の試合をみたが、間にチアガールの応援があった。華やかでとてもよかったのだが、観客がいないとあれもなくなるのだろう。
どこの球場もおなじく無観客ならテレビをみる側も、こんなもんだろと納得するが、こっちのチャンネルでは応援団がいてはるで、となるとどうだろう。

4月2日の試合は、巨人とヤクルトの試合をみた。小川と野上の息詰まるような投げ合いで、いい試合だった。
負けたといっても野上は失投はひとつだけだった。
打った村上は、あまり調子よくなかった。あの村上がこんなかよお、とヤクルトファンでもないがわたしが、期待はずれを嘆いていた。
スラッガーは、安打の数より打点だ。そしてチャンスに一発だ。
ヤクルトは先発の小川のあと清水がつなぎ最後マクガフがしめた。このSF小説にでてくるような名前の投手は、クールで球が速い。この日も打者3人で仕留めた。うつくしい。

そして横浜ベイスターズの苦闘は続く。
「かみ合わぬベイ 遠い白星」というのが朝日新聞の記者のつけた見出しだ。
遠い、というのが担当記者の厳しい目がある。

=外国人選手が不在とはいえ/一度も先頭打者を出塁させることができず/連打もなし。

その前日指摘された、勝ちパターンの抑えの投手(石田)がその任を果たせない。4試合で失点している。

おそらくこの記者(井上翔太)には、三浦監督の選手起用法に厳しさが足りず、選手にちかすぎることを指摘しているのだ。ゆえに、すぐに泥沼から抜け出ることが想像できない、と言っている。

それにしてもわが日本ハムはまた負けたが、野村はヒットを一本打ったそうだ。
でも、このチームはまだホームランを誰も打っていない。楽天は8本も打っているぞ。

posted by alashi21 at 07:52| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月02日

DeNAベイスターズこそが戦っている

4月1日のセリーグのなかでDeNA対ヤクルト戦をみた。とてもスリリングで面白かった。
7回にヤクルトが4点をいれて同点にした。
開幕以来、まだひとつも勝っていない三浦ベイスターズがはやばやと3点差で中盤を終えていた。
だからベイスターズは、勝ちバターンの投手をつぎつぎにいれて8回と9回に勝ち越しをするのだ、とこれはまったく正しい判断だ。

テレビをみながら、現場のきく球音はちがう響きなんだけどなあ、と思っていた。球場でみる野球はパノラマで、打者と走者とボールを追う守備側の選手もひとつ絵でみることができる。ズポーツは部分に切り取られるものじゃあない。全体でみなきゃあねえ。

プロ野球は試合はほかのスタジアムでも行われている。でもまだひとつも勝っていないチームと、主要メンバーが新型コロナウイルスに感染した選手のために戦線離脱しているヤクルトとの対戦には、ほかのゲームとは違った色彩がある。現場で応援するそれぞれのチームのファンの、グラウンドを見つめる視線の熱度が高いのだ。
おそらく開幕してからの最初の1勝と終盤に優勝を争うときの1勝とは比重が同じくらいのものがある。

そうした特別の試合がこれだった。
DeNAである。
ルーキーの牧秀悟(22)は大活躍をしていた。3塁打に2塁打にヒットだ。本塁打がでればサイクルヒット達成だ。
その牧が11対11の同点の9回裏に打順が回ってくる。
ここでホームランを打てば、明日のスポーツ紙の一面は決まりだぜ。

しかしこの試合でわたしはヤクルトファンになっている。青木、内川、川端、西田を欠くヤクルトのだ。判官びいきだな。
期待もむなしく牧が三振した。4番で主将の背番号7の佐野恵太もだめだった。

解説の和田一浩によれば、この試合は引き分けであったがヤクルトは勝ったようなものだ。
であればこそ、DeNAのドラマはまだまだ続く。目が離せない、ということになる。


posted by alashi21 at 07:37| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月01日

プロ野球に近づくためのWBC2009

ブログをアップしてからテレビのニュースで、空手の日本代表選手が指導者から暴力を受けていたことを知った。
これは文化放送の武田砂鉄のコメントで分かっていたことだが映像で始めてリアルに思えてきた。
ニュースというだけでは、ああまたか、やっぱり体育会系でこうなんだよな、と驚くものではない。
昼のワイドショーではTBSが二宮清純をゲストによんでコメントをもらっていた。それによれば香川という強化委員長は、独裁的な権力をもって周囲は文句を言えなかった環境にあるという。
わたしが空手の選手なら、趣味程度でやめておく。日本代表なんか目指すとろくな目にあわないと想像できる。

またプロ野球のヤクルトで、捕手の西田がコロナに感染して山田と内川は4月13日まで隔離されるという。逆にいえば、それでチャンスをもらって活躍できる選手もいるわけだ。
それにしても感染防止に手をつくしているはずのプロ野球であってもこうなってしまうのだ。ほかのスポーツでも起こりうる事態である。

日本ハムは西武と引き分けたが、ドラフト1位の伊藤が6回1失点と頑張ったし、野村も5打数3安打の成績だった。
ところで阪神の二番打者の糸原は昨日3安打で打率は4割7分6厘と、始まったばかりだが好調なのだ。いま四番を打っている大山ってしらないんだが。

ま今夜はテレビでプロ野球を観ようと思っている。選手名鑑と見比べてまずは初心者として立ち会う。
しかし、だからといってわたしは、体育会系のおぞましさを払拭しているものではない。

ところで、昨日は高齢選手として内川聖一をあげたが、38歳の選手はほかにもいる。
内川と言えば、イチローがヒーローになったWBCでも活躍した選手である。すると2009年のWBCの選手たちの今、を想起させる。
ナンバー726を書棚のおくから引っ張り出す。

カップをもつイチローの後ろで、万歳をしている松坂大輔が写っているのが表紙だ。
トップの記事がイチロー。2番目に捕手の城島健司。3番目が松坂大輔だ。「内容よりも勝つために」とあり《前回大会も含め、先発した6試合すべて勝利。2大会連続のMVPに輝いたものの、素直に喜べない自分もいた。それは何故か。堂々の活躍を見せた彼が、投手陣の柱として心がけたことは》と読ませる。

決勝戦を戦った選手を列記しよう。
イチロー(マリナーズ)。中島(西武)、青木(ヤクルト)、城島(マリナーズ)、小笠原(巨人)、内川(横浜)、栗原(広島)、稲葉(日ハム)、岩村(レイズ)、片岡(西武)、川崎(ソフトバンク)
投手 岩隈(楽天)、杉内(ソフトバンク)、ダルビッシュ有(日ハム)

稲葉はいま日本代表監督。中島は巨人に移籍。青木はメジャーを経てヤクルトにいるがコロナの影響でお休み。小笠原は古巣の日本ハムでヘッドコーチに。そして現役の内川と松坂大輔なのだった。

このほかにも38歳、39歳の高齢選手はいる。楽天に藤田一也、オリックスの比嘉幹貴、ロッテの鳥谷敬は39歳。ソフトバンク捕手の高谷裕亮という選手も39歳だ。もちろん巨人の38歳亀井は、開幕初戦が一年で最高のホームランを打ってしまった。

わたし、こどものころは背番号7というのを凝視していた。元巨人で中日の監督をやった與那嶺選手が7だったはずだ。そして巨人の柴田勲が7番だった。中日に中、という選手もいたと思う。
投手で巨人に入団した柴田は、二試合先発したノックアウトされて投手失格となり、外野手に転向。そのご盗塁王を6回とっている。
後楽園スタジアムの外野席にいると、よっばらったおじさんが、「おいこら!しばたあー、こっちみろ」と叫んでいた。柴田は、センターを守っていた。たまに振り返ってにやっと笑うのだ。
2021年の各球団の背番号7を探す。
せ。39歳の糸井嘉男(阪神)は7番。根尾昴(中日)、佐野恵太(DeNA)、堂林(広島)、そして内川がヤクルトで7を背負っている。
ところが巨人には7番がいない。
巨人のひとけた背番号はこうなっている。
0 増田大輝(内野)、2 陽岱鋼(外野)、5 中島宏之(内野)、6 坂本勇人(内野)、8 丸 佳浩(外野)、9 亀井善行(外野)

1,3、4は永久欠番になっているが7はそうではない。上記のメンバーと並ぶには生え抜きには荷が重いかもしれない。陽も中島も丸も移籍組である。

ちなみパリーグは、オリックス以外の各チームにはいる。
ソフトバンクの中村晃も楽天の鈴木大地も西武の金子も日ハムの西川もレギュラーで出ているがロッテ福田秀平がみえない。期待したいところだ。

日本のプロ野球がWBCで優勝できなくなってからもう12年かあ。いまは、極東の島国で、ちまちな力をたくわえている途中なのだろうかしら。
わたしなら、浅村が出てきたとき、源田がでてきたとき、おおっと目を見張ったものだ。そうしてちょっとした感動が、ずっと先のWBCに向かう道であることを信じつつ、今夜野球中継をテレビでみようではないか。



posted by alashi21 at 07:46| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする