2021年04月16日

こうなたら小説でも書こうか

どうも日本はこれてしまっているな、と感じている。

最近は意味のわからない言葉が矢鱈と目につくようになってきた。これまで最たるものは「絆」だったが、いま「勇気を与える」になった。
毎日毎日、わけのわからないことが政府によっておこなわれている。
福島第一原発からでた処理水(放射性物質を含んだ水)の海への放出は、それが決定される前に政府は電通に金を出して、アッピール動画をつくらせていた、というのだ。
福島ならずとも日本の国民を馬鹿にしているやり方である。そう思わない国民はおかしいぞ。

なんてことをいちいち論評する(あるいはブログにしたためる)のも詮無いことだ。それでこころが静まるわけではない。
こころを沈めるには、小説を書くことだと思ったのだ。

ツイッターは、ネットで一人デモを挙行するようなものだと考える。
わたしらのように、あとは余生だと自覚しているものは、思い残すことがあってはならない。
反対なものは反対と言わねばならない。それをツイッターでやる。
しかしブログはどうだろうか。

愚痴はダメだ。自己消化してしまう。もっと冷静になって、社会を舞台にして人間を動かしてものを言ってみたいのだ。
小説を書くには訓練がいるだろう。着想を得てからもペンを持つまでに準備がいるだろう。
時間はかかる。家事のあいまにできるものではないかもしれない。

それにしても、面白がってみればいまの日本はネタがごろごろ転がっているのがわかる。
よそさまが書いたことのない、まったく新規な小説を書くことができたら、こんな素敵なことはない。

さらには、明けない夜がないように、政権だってまた変わる。すぐに変わることを考えれば、わたしはもっと長いスパーンで仕事をしたいのだ。
posted by alashi21 at 07:55| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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