2021年05月01日

あるサイトだけ音声にミュートがかかっていることについての、この連休にそれで悩むのはいやだという憤懣

「スマホ脳」は、わが市立の図書館では三冊あるのだが、いま50人待ち状態であるので、本屋さんで立ち読みして内容を把握するしかない。
それによれば、スマホを開くと、いま最優先でやらなければいけないことをどけて、どうでもいいことに何時間も時間を浪費するのがスマホだとなっている、らしい。
スマホ依存症の人は、就寝するときには枕元にスマホを置き、朝目覚めたらまずスマホを開く、らしい。
それは、自分に関するなにか重大なことがスマホに届いていないか、という確認なのだが、一度開くと、まったく自分に優先されないものごとに興味がいってしまい、つぎつぎとタップするものだから、あっという間に1時間経ってしまう、ということになる。

それが、やがては脳の機能をぐちゃくちゃにしてしまう、らしいのだ。

それはしかし、スマホでなくてもパソコンをやっているとよくあることだ。
パソコン上に起きるさまざまなトラブルがある。いま我が家ではJ−COMの「おまかせサポート」に入っているので、たいがいのトラブルはここで対応してもろうと安易なのだが、おまかせサポートの対象外というのものもある。いや、大抵のトラブルは対象外なのだ。
それで、自分なりに「パソコントラブルの解消」というノートを作って、そのときの処理をメモして次におきたときには、即座に直してみせようとしている。

ちなみに「IME]表示が消えてしまった」ときの処理がわかるだろうか。これで日本語入力ができなくなるのだから、もうパソコンは用をなさなくなる。こういうとき、われわれのようなパソコンの初心者的人間は、一日中をそれだけに費やし、修復できなければ寝不足にもなる、というものだ。

こんたびは家内のパソコンの、よく見ているあるサイトの音声がミュートになったまま、これを解除できなくなってしまった。
パソコン上のスピーカーアイコンはミュート解除になっていても、そのサイトのミュートはそのままなのだ。

なんとかしてくれ、と家内にどつかれたのだが、ほかのサイトの音声もユーチューブの音声も、それは支障がなく聞こえているのだ。
わたしのパソコンの、そのサイトを開いて音声を出してみると、あら聞こえるぜ、状態である。
家内のパソコンの特定のサイトの問題なので、これではJ−COMには相談できない。

これはサイトへメールを送って相談する以外に方法はないぞ、と家内に言った。

それにしてもだ。こんなトラブルがゴールデンウイークを待っていたように起こるのだ。
そのサイトの音声が聞こえなくても、命に別状はないことを知るべきなのだ。家内は。
せっかく世間がのんびりしているのだ、わが家だけ不幸に見舞われた感はやめようぜ。

家内は、まだサイト側にメールは送っていないようだ。もし「それは、あなたのパソコンの機能障害です」なんてきたら、また家内はわたしをどついてくるに決まっている。
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2021年04月28日

ヨドバシドットコムでプリンターを注文、その後

4月3日に代金をコンビニで支払い、購入決定であった商品が、4月24日になっても未入荷というメールが届いた。
次の入荷予定は5月23日というので、これはあまりにもひどいのではないかと感じた。

ひと月待つのは仕方がない、という気持ちがあったが、家内から「キャンセルしなさいよ」と言われて、我慢する気が失せた。
メーカーに電話して、該当商品がメーカーにないものか。ほかの業者では扱っているのではないか、との疑念を晴らすために、メーカーに電話した。
メーカーサイドのダイレクトサービスでも該当商品は在庫がない、と言われた。理由は、新型コロナウイルスの影響で生産が滞っているというのだ。
昨年発売の該当商品は、それだけ売れていたわけだ。

それを受けて、ヨドバシドットコムに電話した。電話番号はメールから指定されたサイトに入ると、注文者の状況が把握できるページに入って、電話番号があった。
つながるまで20分かかった。

電話がつながってからはスムーズに運んだ。注文番号と名前をいうと、向こうではわたしに送られたメールを確認し、まだ発送してないのでキャンセルできるという。
コンビニで支払ったというと、指定の銀行口座に代金を振り込む、といわれた。ゆうちょの店番と口座番号を伝えると、連休前なので連休あとに振り込むがいいか、と訊かれた。
いい、と答えた。
これでキャンセルが済んだ。

該当商品には未練があるが、新型コロナウイルスが終息しないかぎり、店頭に並ぶことはないと思うと、未練は捨てなければならない。

わたしのほかにも、すでに修理期間が過ぎてしまったプリンターを使っている人はおおいだろう。
その愛用しているプリンターが壊れたときには、修理不能と言われ、新機種を探してくださいと言われるのだ。
だが、このコロナ禍においては、ネットで買物をするのはよくよく注意したほうがいい。
在庫あり、という表示でも疑ったほうがいいかもしれない。

とはいえ、わたしの不遇はすべて新型コロナウイルスが原因であって、ヨドバシドットコムに責任を押し付けるわけではない。
キャンセル対応にイライラは解消したのだから。

追加 4月30日
 キャンセル対応した人からは「返金は連休明けの振込になります」と言われたが、たまたまほかの都合で記帳に行ったら、しっかりと入金されてあった。早い対応に誠意を感じた。
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2021年04月27日

ヨドバシドットコムで注文、その後

4月3日に注文し代金をコンビニでしはらったエプソンのプリンター。
在庫がなくて4月25日に入荷予定というメールが届いた。
4月25日にメールがきた。

まだ商品が入荷出来ていない。理由はメーカーにも商品がないとのことである。
つぎの入荷が5月23日だという。
これが本当なのかどうか、ほかのネットでは該当商品がどうなっているのかこれから調べようと思う。

もしかたしたヨドバシドットコムだけに商品が回っていないのかもしれないから。
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2021年04月16日

こうなたら小説でも書こうか

どうも日本はこれてしまっているな、と感じている。

最近は意味のわからない言葉が矢鱈と目につくようになってきた。これまで最たるものは「絆」だったが、いま「勇気を与える」になった。
毎日毎日、わけのわからないことが政府によっておこなわれている。
福島第一原発からでた処理水(放射性物質を含んだ水)の海への放出は、それが決定される前に政府は電通に金を出して、アッピール動画をつくらせていた、というのだ。
福島ならずとも日本の国民を馬鹿にしているやり方である。そう思わない国民はおかしいぞ。

なんてことをいちいち論評する(あるいはブログにしたためる)のも詮無いことだ。それでこころが静まるわけではない。
こころを沈めるには、小説を書くことだと思ったのだ。

ツイッターは、ネットで一人デモを挙行するようなものだと考える。
わたしらのように、あとは余生だと自覚しているものは、思い残すことがあってはならない。
反対なものは反対と言わねばならない。それをツイッターでやる。
しかしブログはどうだろうか。

愚痴はダメだ。自己消化してしまう。もっと冷静になって、社会を舞台にして人間を動かしてものを言ってみたいのだ。
小説を書くには訓練がいるだろう。着想を得てからもペンを持つまでに準備がいるだろう。
時間はかかる。家事のあいまにできるものではないかもしれない。

それにしても、面白がってみればいまの日本はネタがごろごろ転がっているのがわかる。
よそさまが書いたことのない、まったく新規な小説を書くことができたら、こんな素敵なことはない。

さらには、明けない夜がないように、政権だってまた変わる。すぐに変わることを考えれば、わたしはもっと長いスパーンで仕事をしたいのだ。
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2021年04月14日

ヨドバシドットコム、その後

註文したプリンターが届いたらアップしようと思っていたが、まだなので、なるべく冷静に、こころ沈めて書く。

4月3日に代金を入金した。
経過詳細のところへケータイメールからいけるようになっていて、4月13日にみたら、こうなっていた。

「商品の入荷が遅れていて、24日に入荷予定」とのことだ。

この商品を注文したのはわたしひとりではない、だろうから、他にも困っている人がいるはずだ。
わたしの場合は、使っているっプリンターのブラックのノズル詰まりなので、まだ使えない訳ではない。
しかし、ほかの故障ですぐにあらたな機種がほしい場合、まだ二週間待てというのは酷に思える。

わたしは、ひたすら冷静になるよう努力している。
posted by alashi21 at 08:42| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月12日

はじめてヨドバシドットコムを使ったが

プリンターのノズルが詰まって印刷にムラができるようになった。ブラックだけなので、いまはシアンで代用している。

しかし古い機種なので修理はできないとネットにあった。それで機種交換することにしたのだ。
ヨドバシを選んだのは、値段である。商品は在庫なしでお取り寄せと明示されていた。
しばらくブラックをシオンで代行するので、少々時間がかかってもいいか、という判断だった。
ヨドバシドットコムの登録を済ませ、ファミマで代金を振り込んだのが4月3日だ。
すぐにケータイにメールがきた。詳細は別にと指示されて、クリックしたら、商品の発送準備ができたらまたメールする、とあった。
おなじメールが4日に二度きた。それには「商品発送の状況連絡」とあったから、発送するってことか、と思って詳細をみると、前と同じく「発送手配準備ができたらまたメールで連絡」と変わらない。

一週間たってこのメールである。
不安になる。わたし「ちょっと」とか「すこし」というあいまいな言葉はきらいなので、不安なものは不安だ、と書く。

お取り寄せ商品をネットで購入するというのは、こういう不安を抱える、ということか。
ネットで家電を買うのはおおむね値段の安さである。即使う必要があるものは、お店で購入するに限るわけだ。
そこで両方を比べてみる。店頭で購入するのとネットでの割安の差額だ。
わたしが抱えるこの不安が、その差額と見合うものであるのかどうかだ。

ネットで商品を購入する場合は、相手の顔はみえない。いってみればAIということになる。
わたしの注文は、いまはどこかのケーブルのなかを迷子になっているかもしれない。
そこにそこに交番はあるのだろうか。

アマゾンからメールがあった。
それには冷蔵庫のお届けが済んだ、という連絡が(取り扱い業者から)まだないので、代金請求は止まっている、というものだ。
一方の、ヨドバシドットコムのほうは、商品は届かないのだが、支払いは終了しているのだった。
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2021年04月10日

アマゾンで冷蔵庫を買ったよ

前回で冷蔵庫を替えかえる顛末を書いた。メーカーから、年数もたっていて部品がなく修理は高額になる。家電量販店で新しい商品を検討してください、という診断だった。

いままで使っていた冷蔵庫は我が家に大きすぎて、設置するのにてこずった記憶がある。もちょっと小さめのほうがいいだろ、と351Lを選んだ。
最初はジャパネットたかたのDMから探したが、該当商品の設置に3週間かかるとなっていて、これは故障ゆえに即急に必要な我が家には適当ではないとなった。できるだけ早く設置できることを優先して、家内が選んだのがアマゾンだった。
アマゾンはよく利用しているので、新規登録などの手間がいらない。
ネットでの手続きはわたしの役目となった。
条件は、旧い冷蔵庫の引き取りと設置工事を込みにすることだ。選んだ商品には5000円のクーポン券がついている、と家内がいうが、よくわからない。
まずこのクーポンを取得することから始めた。なかなかスムーズにいくものではない。
検索画面で「アマゾンのクーポンを取得する方法?」と検索して、苦難の末に取得したが、それからも大変。
わたしが先走って、該当冷蔵庫を「カートに入れる」状態にしてから家内に声をかけた。

家内は「オプションサービスはどうなっている?」と「到着日はどうした?」と訊く、まだ注文を確定してないよ。と答える。
そして「カートの中身」をみると、たしかに「引き取り・設置とも」はチェックされていない。おいおい、これどうすんだよお、と泡を食う始末だ。
パソコンの前で二人が、画面を戻せ、画面を下方にスクロールしろ、などと喚き合う。

結果としては変更画面にたどり着き、注文手続いに進む。すると、カートに入れてあった先の分も注文となって画面に出てくる。
変更をクリックして、引き取り・設置のないほうの商品を削除する。それで注文確定画面に。
それでも注文は二件になっている。これ、冷蔵庫が一件。オプションサービスが一件ということなのだ。紛らわしい。
商品の受けとりの指定を三日後にした。二日で商品の通路を確保する必要がある。とくに、今使っている冷蔵庫を出すのが難儀だろうと。

金額をみると合計で確かに、オプションサービス込みの、冷蔵庫一台になっているので、これだ確定でいいだろ、と。
あとで届いたメールには、商品の届日は三日後になっていたが、オプションサービスが翌日の日付になっていた。まさか引き取りだけが先に行うということはあるまい、と念のために返信メールを送ったが、自動で送信されたメールへの返信は届くはずもない。
ネットでものを買う場合、こうした疑問にはダイレクトで答える電話案内は存在しないことを頭にいれておく必要がある。
疑問があったら検索で調べるしかない。それゆえに、アマゾンのCOEベゾスは世界一の金持ちになった。

二日かけて台所だけでなく廊下も片づけて、買い物をして夕方帰ったら電話が鳴った。
掲示をみた家内が、070だから出なかったが、アマゾンから「明日9:30から12:00までのあいだにいくので在宅お願い」という留守電があった、と言ってくる。

そして当日、玄関回りを片づける。まあほんとにきれいになったものだ。いつでも来い!だ。
じつをいうと、冷蔵庫のくっついている二段の食器棚があり、これが邪魔かもしれないと、一度は移動しようかと考えた。
食器を全部取り出してさあ動かそうとしたら、二段なもので上部がはずせるようになっている。その上部部分だけでも動かせない。むりを強いると倒れる危険があって、移動を止めることにした。ただ中身は除いたままで対処しようと。

当日は食事を6時には済ませ、まんじりともせずに「大菩薩峠」の8巻を読みながら時間を待った。
居間で落ち着かず、書斎にこもって手紙を書き始めたら、三枚目にかかったところで家内から「来たよ」と告げられた。
予定の9:30だった。ちなみに、すべて作業が終わってドアを閉め、時計をみたら10時前だったので、スムーズに運んだほうではないかと思う。

若い作業員二人は私服で、作業着姿ではなかったことが意外だった。ひとりが指示しもうひとりは指示通りに、冷蔵庫を乗せた布を操作する。
台所から出すときに頭を傾ける、その頭のほうを指示者がもって、前に出ろ、布ごと引け、などと指示する。廊下にでてしまえば向きを変えるのもらくですぐ玄関にすすむ。
外にでてから(我が家は三階)うまく歩調を合わせて階段をおりることになるが、そこはあえて目撃しないようにした。階段がなければこんな楽な作業はないはずだ。

最初に作業員が「まず中をみせてください」といって台所にはいって、冷蔵庫をみるなり「〇〇の冷蔵庫なのでリサイクルとして4730円になります。」と告げられた。わたしはすぐに納得したが、家内は、えっ という反応だった。それもオプションサービスに含まれていると思っていたのだ。あとで家内が言った。「それがクーポンと相殺になるってことか」
4730円とは家電のリサイクルとしては高いかもしれない。しかしこれが安いということは処理がはなはな不明である疑念も生じる。
おなじ家電に一括されていても、環境破壊に影響を及ぼすフロムガスを含む家電は、廃棄処理に手間がかかるのだ。

すぐに注文した冷蔵庫が三階まで運ばれて、踊り場で包装を解かれて、家の中に運ばれてくる。設置はスムーズに進んだ。それこそ障害がないためにあっという間だった。
最後に作業員が「なにか訊きたいことありますか」と言ってきた。咄嗟に言われて「取扱説明書はありますか?」と家内は訊いた。
「ここです」と冷蔵庫の野菜室を扉を引いたらなかに冊子が入っていた。
わたしは保証書だけが大事だが、それはすでに受け取っていた。アマゾン、売ってしまえば、あとはメーカーに、ということになる。

作業員が帰ってしまってから、リサイクルの代金の領収書をみると、アマゾンとは無関係と思われる社名が書かれていた。
そういうことか、と思った。
これは推測であるが、わが家にきた作業員は産廃業者のアルバイトではないか。アマゾンからの三次下請けみたいなもので、集められたアルバイトはトラックを借りて産廃業者の指示を受けて、まずメーカーへ行き商品を受け取る。
それを顧客まで運び設置するのと同時に、リサイクル対象物を引き取り、そのまま産廃処理場まで運ぶ、ということだ。
作業するのはアルバイトで、それぞれの社員は電話だけすればいい。さらにアマゾンからは業者へのメールだけで済むことになる。
巨大なコンピュータがあれば、職員(専門知識)はいらない、ということになる。
これ、あくまで推測です。

前の冷蔵庫は20年近く使っている。よく動いてくれたほうだと思う。
しかし日々のメンテナンスを尽くしていたわけではない。夫婦たがいに仕事をもっていれば、休日だって楽をしたいのだ。
今回、冷蔵庫を替えかえるにあたって中をよく掃除した。切なくなってきたのである。
あちこちにこびりついた汁のあとがある。期限のきれた消臭剤が三個もある。
奥のほうには賞味期限のきれた瓶や調味料など出てくる。これはもう名誉の負傷を負った兵士のようなものだ。
家内がつぶやいたものだ。ほかの家電はなくってもなんとかなるが、冷蔵庫はほんとに困るわ、と。
たしかに、買い置きしてた冷凍食品はだめになっただけでなく、毎日の調理にことごとく支障が出る。

冷蔵庫が使えない日々のなかでテレビ朝日の「家事ヤロウ」を見ていたときに、和田明日香の30分勝負があった。
炊飯器でご飯が炊きあがるまでの時間で三品料理をつくる、というやつだ。
時間との闘いのとき、冷蔵庫の開け閉めは幾度も繰り返されるのを観た。
冷蔵庫にはなんの貼付もなく、正面、側面ともにぴっかぴっかなのには、嫉妬を覚えた。
冷蔵庫のドアをどんどんと強く閉めるのは、冷気を逃がさないための必須手段である。これがやわな冷蔵庫は失格である。
そのために、でかい図体で、中身がすかすかなほうが、効率もよいことになる。
とは言っても団地すまいではなかなか。
しかも七十をすぎた夫婦二人では、和田明日香さまのように効率優先というわけにはいかないのである。

とはいえ、メンテナンスは意識してやっていこうと決意する。
これを女房任せにはしていられない。わたしも調理する人間であるのだから。

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2021年04月06日

冷蔵庫で電気生活を考える

ハイキングから帰って夕方、さあ疲れをとろうと冷蔵庫をあけた。
冷やしておいたペットボトルのお茶が生ぬるかった。氷を入れようと製氷室をあけたら水がたぷたぷゆれていた。
まえもこんなことがあった。あれは停電のせいだったか。
まだ冷凍庫のほうはゆるんでいなくて、翌朝までのんびり過ごしたが、改善するはずもなく、すると朝食の支度に熱がはいらず頭痛までしてくる。

メーカーの相談室に電話してみる。電話にでたひとは女性で、いま冷蔵庫担当者が空いているのですぐつなぐという。
それでもしばらく時間がったが女性の担当者がおまたせ、と出てくれた。めずらしくふたりとも女性だ。このメーカーはいいかも。
なんでもわたしが解決します、といってくれたが、室温をみてみると冷凍室の温度が10度になっていて、これは故障だといわれる。
もう20年以上たっている商品なので部品もなく、修理は高額になる、と裁断される。
ってことは新しい冷蔵庫を買え、ということですね。そうですね、家電量販店で品選びをしてください。
ありがとう。たしかに解決しました。

団地の3階に住むので運ぶ業者には負担になる。いま向かに住む若い夫婦は引っ越しの準備にかかっている。冷蔵庫の搬入と引っ越しが重なるとせまい階段は大変なのだ。
それに冷蔵庫を設置するために、通り道の十分なスペースを確保しなければいけない。部屋を片付ける手間もあり、すぐに購入というわけにはいかなかった。
しばらく冷蔵庫のない生活を過ごさなくていけない。それを考える。

縄文時代のことを考えたり、「ぽつんと一軒家」を観たりすると、自然に囲まれた生活もいいじゃないか、と誘われるが、とんでもないことである。われわれはもう電気なしの生活はできない。
今朝朝食をつくるために冷蔵庫はあけたのは、ヤクルトとヨーグルトを出すことから。
いま冷蔵室や野菜室の温度は17度以下ではない。
つぎにサラダ用のキャベツの千切りのパックをあけたらぱさぱさに乾いていた。乾燥まじかだった。
ピザトーストをつくっているのは、はやくパルメザンチーズを使いきるためである。買い置きが二袋もある。
冷凍室にマーガリンをしまっているがもう溶けかかっている。
きったパンにマーガリンを塗ってトマトケチャップを塗って、痛めた玉ねぎをのせ、ハムとトマトとチーズをのせ、最後に刻んだピーマンをのせるのだが、虚しさが襲ってくるようだ。
家内には「冷蔵庫がなくったって死ぬわけじゃあない」というものの、どうだこの虚しさは。

思うのは、昨今の水害で家を破壊された人たちの絶望感だ。東日本大震災の被害者たちは、冷蔵庫どころではない、なにもかもが失われ、他力にすがるほかなかった。その虚しさに比べたら、冷蔵庫喪失くらい屁でもない、はずだった。
げんにいまだって、ミャンマーをみろ、バングラデシュに避難しているロヒンギャをみろ。ただ身をちぢこまらせて、だれかの好意を待つしかないのだ。
おそらく、そうした想像力すらなくしてしまうのが、この文化というやつだ。
我が家には、もうしばらくすれば冷蔵庫はやってくるだろう。そのときには、わたしの感情の起伏というがあるだろう。
つねに笑顔で対応しようと思う。
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2021年01月20日

「伯山カレンの反省だ」でお勉強

毎回「伯山カレンの反省だ」をみて大笑いして、幸せな気分にさせてもらっている。
この番組を、夫婦でみているホームはどのくらいなのだろうか、と心配するが、是非ご夫婦で視聴されることをおすすめする。
16日のゲストは、滝沢カレンのお友達という脳科学者の中野信子だった。

中野信子の本を一冊だけ読んだことがある。この人、何でもドーパミンに起因させて語っている人だな、と理解して本を閉じた。
中野信子をまえにして神田伯山はよくしゃべった。本業の講談に比べてテレビ出演はアルバイト、という伯山であるが、けっこうエンターテインメントしている。

中野信子のIQは160なのに対して、伯山の奥さんも140から150と負けていない。
その奥さんにマインドコントロールされていると中野信子に指摘されて大喜びする神田伯山なのだった。

奥さんは、子供が生まれて家事が増えたのに芸にばかり熱心な夫とは離婚するしかない、と思った。
が、その決断を変えた、と伯山に告げたという。
奥さんは夫婦で分担する家事を表に作り、夫婦それぞれの担当を色で分けるようにした。それを眼につく場所に貼っておいたのだろう。
それをみると表のほどんが奥さんの色で染まっていたのだ。伯山は驚愕するわけだ。
心を入れ替えて家事を率先してやるようになった。だから奥さんは離婚を止めることにした。

と伯山に告げる奥さんの巧みさを、中野信子は見事だと賛辞をおくるのである。

一方の滝沢カレンは、講談以外はだめな人間と伯山を酷評しているのだが、けらけらと洗いながら、奥さんの手のひらにころがって生きているのがとても心地よい、という伯山に憧れを抱いているのではないだろうか。

エマニュエル・カントに「友情における愛と尊敬とのきわめて緊密な結合について」という論文ある。
結論をいうと、友情はなかなか厳しい。すぐに壊れてしまう微妙なものだ。
真の友情とは、相手の欠点を指摘するという義務を伴う。しかし、注意を受けた相手は、おまえは俺を尊敬していないで、おれを観察しているのか、と不信感を持つようになる。
友情にはこうした感情が入るとだめ。よって友人を大切に思うならば、理性をもって対応しなくてはいけない。
理性なんて、われわれの生活のどこを探してもない。(いってみればだから中野信子の研究がなりたつ)

これを夫婦生活に当てはめるのだ。
夫婦における愛と尊敬の結合だ。神田伯山はそのことをよく理解し、理性をもって奥さんに対応できているとわたしは思う次第だ。
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2020年10月04日

同窓会の中止で考えたこと

家内が毎年参加しているいとこ会が来春に延期となった、と幹事担当から連絡があった。
こんどはわたしのほうの高校の、東京近辺在住組の同窓会が中止という。
それは予測できたことだったが、幹事役からのメールで、ついては近況を教えてくれればまとめて報告しようという。

わたしはずっと連絡方法は、友人との父母とも手紙でやっている。メールは使わない。仕事の連絡でもショートメールでくるのでショートメールで返信する。
以前ワープロを使っていたのは、そのほうが書き直しが容易だし、仕事をもっていたから時間が短縮できたからだ。
しかし仕事を辞してから思った。手書きの手紙に対してこちらがワープロというのは大変に失礼なことだったと。
いまは友人にも、弟にも手書きで書いている。もうワープロに戻ることはないだろう。

しかし、全国にいる友人たちに「おれは元気だ」と通信することは、相手へのエールにもなると考えるので、「鴨新報」というワープロで作成した文書を定期的に発信している。たわいのない内容ではあるが、それでも介護マンションに入居している友人や、脳梗塞の病後生活を送っている友人には意味があると思うのだ。
その鴨新報を同窓会の幹事に送れば、こちらの近況となるのかもしれない。

いまわたしが読んでいる本は、クリエイツかもがわの「認知症カフェガイドブック」だ。全国に7000箇所もある認知所カフェを紹介している。
このブログでは、日々のニュースに触れてコメントしているが、日本の現状はよろしくないことばかりが飛び込んでわたしを悩ませる。
すこしは希望ってものがないんかい? といろいろとあたってみた。
結果読んだ本は、哲学カフェと浦河べてるの家とこの認知症カフェだ。そのまえにクリエイツかもがわの「地域包括支援センター」の本も読んでいた。
自助のほうへ目を向けたことになる。そこに明かりがあるかもしれないと。

同窓会という形が、そのまま認知症カフェに変わることは可能だろうか。そうなればそれでいいな、と思えた。
出席者自身が認知症の場合はなかなか出席は不可能だろうが、身内に発症し介護で苦労したものがいるかもしれない。
そんな話をしあう場所になればいいと思ったがすぐにそれはないな、と思った。

その第一の理由は、同窓会には参加者が多すぎるからだ。それに出席者が同窓会に期待するものはそれぞれによって違うはずだ。
まったく主旨が違う。そういうのは、ほかでやってくれ、となる。

見知らぬ人には相談できることが同窓生にもできるとはいえない。なぜならそれぞれが、それぞれの過去を知っているからだ。
当人が忘れていること。忘れたいことを、他人がぼろっと口に出すことはよくある。
「あれあれ、あのときのこと覚えてるよ」
一方的な懐旧は、現在の自分の世界を破壊することにもなる。

多分わが街にも認知症カフェはあるのだろう。
それがなかなかわかりづらいので、ガイドブックを作ったというのだ。

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2020年08月21日

「おらおらでひとりいぐも」と「家事ヤロー」

労働と仕事について考えている。

若竹千佐子さんは、現在主婦となっている。でもおそらく20年くらい主婦をやってきて、40歳になって文章教室に通い出し、8年かけて「おらおらでひとりいぐも」を書きあげ、これが文藝新人賞と芥川賞を受賞した。60歳を過ぎていたから最年長だという。
わたしは、この小説を読んでいて深沢七郎の「楢山節考」と似ているな、と思った。
「楢山節考」とおなじく「おらおらでひとりいぐも」も映画になった。桃子さんを演じるのは田中裕子さんだから、ちょっとリアリズムからずれるかもしれない。小説と映画は違うから、それでいい。

「家事ヤロー」は、もともと家事が苦手の主婦が、どうしたら簡単でおいしい料理ができるか、と相談したところ、これに家事まったくやらない三人の男が挑戦する番組だ。
作るのが難しくてストレスを感じたら、その時点でやめる、と宣言している。

この番組とTBS「噂の東京マガジン」の〈やってトーライ〉で紹介される、いまどきの若い女性たちの料理無知は関係あるかもしれない。

南アフリカでは、もともと女性は外にでて労働しない。家で子育てや洗濯そのたの家事をやるのだ。
「メレンゲの気持」にでたシェリーは、男がゴミ出しを家事と考え、自分の家事を手伝ってやっている、というその鼻をへし折る。
「ゴミ出しは家事ではない」と。
たしかに家事は、生産性のない労働ではある。だから文明人は、これをやらずにもっと知的なことをやるのだ。
これは教育として、いまどきの女性に受け継がれていて、若いときに彼女らは、お裁縫や料理なんか興味なく育ったのだ。
食事は、母親が作ってくれるもので、自分は「野菜はきらいだ」なんて抜かしていればいいのだ。
だって、ほかにすることがたくさんあるから。
この結果が「やってトーライ」だ。
この日本では、女性も家事をやらないのが当たり前なのだ。それは労働だからだ。

若竹千佐子さんは、そうではなかったのだ。一応主婦をやっていたのだ。
だから経歴に主婦と書く。しかし、労働ではなく仕事がしたいとあるとき思ったのだ。
生産性のある労働のことだ。
ひとつの作品に8年間かけてが、時間は問題ではなく、その決意でありその苦闘の日々のことだ。
「おらおらでひとりいぐも」の桃子さんは、夫の周造を早くに亡くすのだが、それが解放であると発見する。
愛する人の喪失は悲しいが、悲しみが幸福であると気が付くのだ。
そして、おらはひとりで生きていくぞ。まだまだ死なねえぞ、と意志するのだ。

労働と仕事の探究が、ここにはあるのだ。


ところで、このブログのタイトルは石原裕次郎と渡哲也の主演映画のタイトルだ。
なにかしら、コメントを書かねばいげねえだのす。
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2020年06月10日

コロナ後のはなしー「久米宏 ラジオなんですけで」

安田記念の前の土曜日の放送で、久米宏が「ラジオなんですけで」が6月いっぱいで終了すると発表した。

理由はいろいろあるが、コロナが原因ではない、と。決めたのは年明け早々だったそうだ。
久米は、東京五輪が決定される前から反対していたから、世の中が五輪で騒いでいる最中に、バカヤローと叫んで終われたらうれしいと思っていた、と言ったような気がした。
ところがオリンピックの代わりに新型コロナウイルスでこの有様だ。日本政府が、危機対応に無策であるのが暴露されてしまった。

「ラジオなんですけど」にゲストできた高橋源一郎は、自分のNHKラジオの番組に久米宏を呼んだ。交換留学、みたいなものだ。
その高橋源一郎は、ロッキングオンから内田樹と、編集者の渋谷陽一も加えて雑談集を出していた。立ち読みするのにちょうどいい本だった。

内田樹は「街場の親子論」を出した。
これは、娘の内田るいさんとの往復書簡集だそうだ。そのまえがきが、ブログ「内田樹の研究室」で読める。
娘といってもコミュニケーションは難しいらしい。

内田樹は、二度うつ病になったという。
離婚したあとと阪神淡路大震災のときだ。
おやじ、フランス語と英語が喋れて、哲学を教えていて、本をいっぱい書いて、合気道の師匠でもあるが、大したことねえな、とるいさんは思っていたこともあったらしい。
この本は、人間は、たとえ親子といっても、無理して理解しようとする必要はない、ということを書いたらしい。
それにしても、往復書簡かあ。
(コロナ自粛なら、けっこうやる人多いかもしれないな)

高橋源一郎と内田樹と渋谷陽一の雑談。福島の駅ビルのなかの書店で立ち読みしてときは、秘密保護法が成立した直後で、一番最初に逮捕されるのは、われわれだな、なんて言っていた。
それはまあ、冗談だったのだが、新型コロナウイルスで世界がこんな状態になってみると、保守派もリベラルもないわけで、政治信念を超えて冷静に対処しなければならない、ということへの脆弱性がもろわかりだした。
これで、経済大国なんて、よく言っていられたものだ。
カント的に、スピノザ的にいうと、日本人には理性がないのだ。全員とはいわないが。

自分に言い聞かせる。
ものごとを、はっきりと調べもしないでもの言うことだけは、やめよう。
きついことと、楽なことのふたつすることがあったなら、まずはきつくて、いやなほうのことを先にやるようにしよう。

今日は何もやることはない、と思わずに、やることはいっぱいある、と思って背伸びをしよう。
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2020年03月24日

語学番組の最後の授業

奥さんは、深夜のEテレの語学番組を、それも月曜日にみるようにしている。
そのためか、夕食を摂ると居間でこっくりがはじまる。ほっとくわけにもいかないので、とりあえず手を引いて寝室に誘う。
奥さんは老衰がひどいので、すぐには寝かせない。強力なマッサージを15分ぐらいやってあげる。
しかし、半分白河夜船の奥さんは、上半身をぐらぐらさせて、安定感がなく重い。
「こらっ」と頭をごつんと叩きながら、背中をごりごりさすり肩をとんとん、とんとんとやる。
すると、体が軽くなっていい気持ちになるのだろう。すーっと寝てしまう。
おい、大丈夫か?と心配するほど、かすかな鼾をかきはじめるが夜の9時だ。

突然「10時50分になったらEテレだかんね」と声をあげる。
この時間から「旅する語学番組」が開始するのだ。わたしは、横で寝ているが目を閉じているので音だけだ。
「旅するイタリア語」が終わるとEテレで恒例の「2355(にーさんごーごー)」だ。サンドイッチマンの落書き、が5分間あって「2355が明日をお知らせします」といって零時になる。
次に中川祥子の『おもてなし基礎英語」が1週間分の連続集中放送になる。付き合ってられない。

「旅するドイツ語」も「旅するイタリア語」も、今回が最後だそうだ。若いタレントが、習得した外国語を使って旅を堪能している。
イタリアでは、Tシャツにプリントしてもらう交渉をしていた。なるほど、ここまで話すことができるのか。
(「おもてなし基礎英語」でも、中川翔子に「Tシャツにカラーのプリントをしてもらえませんか?」と交渉させていて、緑と赤のTシャツに中川と講師の顔写真をプリントをしたTシャツを作っていた。「キャンユービーエイブルトゥー」を使っていた。使いたくなるな確かに)

この手の番組では、文法がなく、いきなり実地で片言を喋らせるスタイルで進めている。
語学の先生がテレビカメラにむかって講義するというかつてのスタイルでは、なんのために外語語を勉強するのか、という最初のところが曖昧だった。入口が広い代わりに焦点がぼやける。
そりゃあ、外国旅行をするためさ、と目的が定まっていれば、文法いらない、使える日常会話に特化すればいい。

旅行に行く予定がなく、もっぱら外国文学を原語で読みたい連中を無視するところからはじまったわけだ。
イタリア語を旅しながら勉強した若いタレントは、日本語では恥ずかしくていえないこともイタリア語でなら言えることを発見した。と笑顔で語った。もっと勉強したい、とも。
これって大事なことだなと思う。もっと勉強したい、には文法も含まれるだろうし、イタリア文学やイタリア映画それにプッチ―ニのオペラも含まれる、かもしれない。

目を瞑りながら、Eテレの語学番組を聞いていて、そんなことを考えていたら、よく眠れた。

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2019年04月23日

珍百景の珈琲店

テレビ朝日「珍百景」のなかで、1時間かけて珈琲を淹れる店を紹介していた。五年ほどまえに放送した。
御客さんが二人いて、一人の客が「コーヒー、デミタスで」と注文する。10分たっても30分たっても珈琲が出てこない。
1時間たってやっと店主が珈琲を持ってくるのだった。
なにしろ、豆のブレンドから開始して焙煎をして、豆を挽き、ゆっくりと時間をかけてお湯を落とす。
店主が発見した、これが最高にうまいコーヒーの淹れ方なのだ。デミタスカップで1800円だったかな。

いま朝の珈琲は自分が淹れている。
正直言ってうまいかどうかわからない。
お湯をそそいで香りがたってくると、神経が落ち着いて来る。はっきりいって珈琲を淹れる側としては、この瞬間だけだ。
本を読むと、珈琲は3分間ですべて終えること、とある。ながくすると雑味がでるらしい。意外と面倒くさいやつなのだ珈琲は。
ラジオ深夜便で、以前に聴いた、珈琲豆を発掘する人のはなしが面白かった。
ハワイあたりの森のおくにあるコーヒーの原木を探すのが仕事なのだ。
地元の人間もしらないのに、旧い資料をめあてにして森にはいっていく。
そうまでして見つけた珈琲豆の値段は想像できないが、いまから40年まえはモカブレンドは100ℊが200円だった。池袋の西武の地下で買って居た。当時は珈琲は家内が担当だったのだ。
いまは倍以上の値段になっている。

以前はモカ専門だったが、いまは炭火焙煎の豆のほかに、コロンビアとジャーマンを毎日割合を変えて淹れている。
自分は日本茶がだめで、お茶をのむと胸やけがして脱力してしまう。アレルギーだ。
お茶は、人様から折につけていただくので、いまではボトルにいれて冷蔵庫で冷やしてのむ。水の代わりだ。
冷やすとアレルギーは発症しないので、たぶん冷やすことでお茶の成分を破壊しているのだと推量する。
コーヒーを淹れながら、冷たい日本茶をごくりとやっている。

ちなみに、珍百景の珈琲店のいまは、というと、これがさらに時間をかけて3時間待ちだそうだ。値段も3000円になった。
それでも客は、毎日来ているらしい。
ゲストの武田鉄矢は、こうしたプロがいることを賞賛したがっているようだが、わたしはなんとも言えない。
わたしは、自分の淹れた珈琲の味もわからない、ぐらいの凡人なのだから。
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2017年10月20日

総選挙についてひとことだけ

まじ、ひとことだけだよ。
いま司馬遼太郎の「この国のかたち」で、神道、朱子学、それに鎌倉幕府を読んでいるものです。

一番最初に、希望の党と民進党が一緒になるという話がでて、とりあえず安倍政権を壊して、女性の首相がでても、真の女性活躍時代になればいいか、と思った。
解説の伊藤なにがしと田崎なにがしも、もしかしたら今回の解散は政権党にとって誤算になるかもしれない、なんていっていたものだ。
たしかに、保守とリベラルがごっちゃになっていて、もともと民主党って自民党から出てきた連中が作った政党だったのだから、一度ここいらへんを明確にする必要があると思うけれど、大義のため、まいいか。
ところが希望の党が三都物語なんて言い出して、日本維新の会と選挙協力する、なんて話になって、これはへんなはなしだな、と。
いってみれば色が鮮やかになってきたわけで、選挙後に国民が知らされるよりは、前もってわかってよかったポイントだ。
そこで、今回は棄権でもしゃあないな、と一度思った。

しかし、朝日新聞の投稿ランでは選挙権のまだない若者たちの投稿がとてもおおいのだな。
採用されて活字になっているのでこんなだから、投稿数の全体となると、これは相当なものではないだろうか。
若者は政治に無関心、ではない。
それに呼応するように、棄権しないで若い世代の将来のために投票しよう、というメッセージが目に付くようになってきた。

あるサイトで、日本は教育の現場で、投票行為を啓蒙していない、というのが取り上げられた。
大学の先生が、スエーデンと比べている。
日本でも、模擬選挙とかやるが、候補者は架空の人間だ。これでは緊張感がない。
まるで、一応やってます、とこどもをバカにしている。
さらに学校ではリアルな政治のはなしはタブーになっている。
ま、日教組ってのがあったからな。
スエーデンでは、本物の候補者の名前を使って模擬選挙をやっているし、各政党のメンバーが学校にきて主義主張を説明するのだそうだ。
もう未成年のときから、政治が身近で、国民が政治にかかわる手段としてどれだけ選挙が重要かを、学ぶのだ。

どうせ、この選挙でも自公が過半数をとって世の中、変わらないんだ。
なんていわずに、各家庭のなかで選挙教育やれよ、と思うわけだ。
親が子供に質問する。なにか、困っていることあるか?
するとこどもは、こづかい少ないからあげてくれ、といい。
それには、パパのお給料があがらないとむりだね。とかわす。
こどもは、なんでパパの給料は少ないの?
給料は少ないわけではないけれども、世の中の仕組みが悪いんだな、
どこが悪いのよ、悪いなら直してよ、とこどもはいうわけだ。
よし、じゃあ選挙をやって国会を変えてみよう。

候補者や政党のメッセージをこどもたちといっしょに吟味する。
こどもたちに模擬投票行為をさせる。
そして投票日にはこどもも投票所につれていくのだ。
夜にはテレビの選挙報道番組をいっしょになってみる。
こどもは、なんでこの人は喜んでいるのか?なんて訊くかもしれない。
いっしょになって考えればいい。
そして、選挙の結果、こどものこづかいが増える可能性があるかどうかについても話あうのだ。

なんちゅうか。総選挙というのは親と子がコミュニケーションをつよくする、いい機会になるかもしれない。
こどもが小さいうちにこれやるべきだ。
江戸時代末期、私塾があってこどもたちは論語など四書五経を勉強していたのだ。もしかしたら朱子学や国学なんかもね、

さあ、パパは棄権してもいいかな?




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2017年04月25日

「週刊現代」は冗談クラブだって知っていた?

昨日の朝日新聞に「退職金で資産運用したいんだけ株に手を出していいもか」と悩んでいる人への回答が載っていた。
その回答である。
いまの株式市場は上下が激しいので売買で利益を得るのに向かないから、経営が安定している企業の株で配当を楽しむのがいいだろう、という。ナイキとかコカ・コーラなんかだねと。

1998年刊行の「金融破綻」佐藤章著岩波書店)を読んでいて、80年代のバブルがはじけ90年代になってからぼろぼろと膿が出てきた金融業界のドキュメントを知って唖然としているわたしなのだが、ほんとに人間というのは懲りないものだなと思った。

昨日の朝6時のNHKラジオのニュースで、いま金融機関が貸出残高が過剰になっていると金融庁だか政府機関が注意したというのだ。
九州沖縄圏が一番多いのだという。めちゃくちゃマンションに投資していると。
バブル後の金融破綻は、過剰な不動産の買いあさりがほとんど全部が不良債権となってしまったのが原因だ。また同じことやっている。
「金融破綻」の本のなかで「法人で損した分を個人で取り戻す」という証券会社の鉄則があると紹介されている。
それが法人に対する損失補償の約束だ。違法だがやっていたのだな。
「週刊現代」が二週続けて〈あげあげ株〉の特集記事を組んだ。その新聞広告の禍々しい見出しである。

―全国民必読 ついに来た!春が来た!トランプさまさまです! 上げ上げの日本経済 「円安株高」はこのままずっと続くぞ 株価は2万どころか3万に! 何を買うか、何を売るか いま儲けなくていつ儲ける 

 これに付属して「追加売り出し『日本郵政株』は儲かるって本当か」もある。
つぎの週は

ー投資家たちが実名で超具体的に語る 私はこの株、この投信でこんなに儲けました

日本海の緊張のたかまりとともに東証平均が18000円代と低迷したり、日本郵政が決算で初の赤字になるというニュースが流れてみると「週刊現代」は冗談クラブだなあと笑うしかないのだ。
先の朝日新聞の記事は、まるでこれを信じて株に手を出そうとしている退職者に「クールダウンだよ」とアドバイスしているのだ。
いま銀行にいくと、資産運用のセミナーを勧められる。そこが一番怪しいぞ。
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2017年01月30日

漢和辞典をどう使っている?

今朝やったことをメモしておいて、何かのヒントになればと思います。

漱石の小説『三四郎』を読んでいるわけですが、その文章に〈岑々〉という表現がありました。
しんしんと読みます。明治の小説には漢字すべてにルビが振ってあるので便利です。
この〈岑〉という字は、わたしの祖父の名前が「教岑」なので馴染みあるあるものでした。でも〈岑〉の意味なんか考えたことがありません。これまでは。
でも〈岑々〉ですよ。興味が残るではありませんか。
その文章とはこうです。三四郎が大学の図書館で読もうと選んだ図書のなかに先輩のなにもかが書き込みをしている。それも随分と漢文調で長い書き込みなのだ。

―…余今試験の為、即ち麵麭(パン)の為に、恨みを呑み涙を呑んで此書を読む。岑々たる頭を抑えて未来永劫に試験制度を呪詛する事を記憶せよ。

まず十数年まえに購入した電子辞書で調べました。シガレットケースぐらいのおもちゃみたいな電子辞書でセイコー製品です。
岑もなければ岑々もありません。
次に新明解国語辞典です。ふつうのことば引きのほかに〈しん〉という漢字一文字だけを別枠で説明している親切な辞書ですが、おなじく不明でした。

されば岩波の「広辞苑」でしょと目の前の本棚に鎮座まします広辞苑をよいしょと引き抜きます。なにしろ総革製(第四版)なので重いのです。
しかしながら広辞苑にも〈岑〉も〈岑々〉もありません。これはもう漢和辞典に向かうしかないでしょう。

ということで藤堂明保編の「学研漢和大字典」を机にしたの足元から上げます。辞典ではありません「字典」ですよ。
漢和辞典は大体字画の数で索引されますが、うしろの音読みの索引があるのでそっちを使います。
なにしろ〈しん〉という読み方は知っているので。
ありました。
「岑」というのは山の形をあらわしています。鋭く切り立った峰々、でしょうか。
そこから「するどく切り込んような険しいさま」と説明されています。
岑楼となると、スカイツリーのようなタワーのことになるでしょう。
で〈岑々>はちょっと変化球になります。「頭がずきんずきんと痛むさま」です。
これでようやく、試験を前にして頭が痛い、という書き込み者の意図がわかります。

『三四郎』には、このあと「冴冴しい顔をして」という文がでてきます。鮮やかに澄み切った様子。ですから「岑々たり」とは正反対の意味になります。

わたし「学研漢和大字典」を古本で3,500円を出して買ってしまい、なんとも使い道に困窮していました。漱石さんと漢和辞典はこれから仲良くできそうです。
(ついでに〈颯々〉という字もしらべてみました。これテレビを見ているときに目に留まって、なんだと思っていました。さっと風が吹くさま、だそうですが〈颯〉のひと文字では「きびきびと動くこと」を指すそうです。
夏目漱石のそばに漢和辞典を。でした。
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2016年08月08日

「脳科学」興味あるなあ

朝の散歩のときにはポケットラジオを持って外に出る。やく30分くらいの散歩だ。7月14日はNHKラジオ第一放送を聴きながら歩いていて健康ライフの再放送を聴いたのだった。エヴァ―ノートにメモがある。

ーあさの散歩のときNHKラジオで「観察瞑想」を聴いた。
脳をやすめる方法のひとつらしい。人間はなにかを完成させようとするときは集中する。しかし脳を休めるときアイディアが浮かんでくるものだそうだ。
観察瞑想というのは、集中ではなくぼんやり状態になること。たとえば散歩中に、右の腕に五秒間だけ集中。つぎは左の腕に集中。耳、ハナ、などとつぎつぎと対象を変えていく。あ、これはボディスキャンのほうだ。観察瞑想は、いま自分がおかれている状態を実況中継することだ。「ぼく、歩いています。団地のなかです。何人か駅に向かう人とすれ違います。歩く人、自転車の人。団地のなかに入ります。向こうから中年の女のひとがやってきます。バッグがないので散歩でしょうか」などなど。
そのつぎに「デフォルトモルトネットワーク」というのを紹介していた。
大学の先生と生徒が二人で散歩しながらプライベートのことなんかを雑談していく。リラックスだ。それで脳を解放したあとで集中して研究に励む。

観察瞑想に興味をもった。これ脳科学だ。
それで「脳のひみつにせまる本 3 脳科学の最前線」(川島隆太監修 ミネルヴァ書房)を図書館に予約した。その本を受け取ったとき大判なのでおっと思った。
薄い絵本で〈こどもくらぶ編〉となっていたものだ。要するにこども向けなので、文章の漢字には全部にルビがふってある。
表紙カバーにこうある。「かつては、生きている人間の脳を調べることはできませんでした。ところが近年、脳はの測定や、CT,MRIなどの技術の進歩により、脳のはたらきや構造をかんたんに調べることがきるようになりました」とある。
であるが、こどもむけの本である。強いメッセージには、スマホやゲームを長時間やってはいけませんよ、ということになっている。
かんたんにいうと馬鹿になるよ、ということだ。

脳がものを思考するのは前頭前野というところである。
ところがテレビを視たりゲームをしたりしているとき、前頭前野には抑制がかかる状態になってしまうのがわかった。ものをみる後頭葉と音を聞く側頭葉は働いているものの前頭前野は休めの状態なのだ。
これをふまえて東北大学加齢医学研究所が仙台市にすむ265名の幼稚園から大学生までを対象に脳が3年間でどのように発達するのかをMRIを使って調べた。
その結果では、テレビを長時間視聴する傾向のある子どもたちは前頭前野などの発達が3年後の調査では悪くなっていた。言語知能が低下することもわかった。
さらには、1日2時間勉強してスマホや携帯を3時間やっていた子どもの数学のテストでは、まったく家で勉強せずにまたスマホやケータイもやらない子どもよりも平均点数が悪い結果がでた。
この調査で、スマホをやることによって勉強した内容を消却したことがわかった。
ほんのなかではこういう表現になっている。「勉強した効果が、スマホや携帯電話を使うことによって打ち消されている」 
これが脳なのだ。

脳科学からすると、家で1時間勉強しスマホや携帯電話は使わないことをおすすめする。
それは前頭前野を使わないからだ。よく電車のなかで座席に座っている一列全員がスマホをみているというのに遭遇する。あれなんにも考えていないわけだ。大人ならまあ今後成長しないから放っておくが、こどもではおおいにまずいことなのである。
言語知能の発達を阻害しているのだから。
人間の脳は言語によって学習成長していく。幼児は言語を3〜5歳までに生活環境がから覚える。

さて観察瞑想というのは大人の脳のリフレッシュのためのものだ。
いまわたしにあるテーマは「脳科学と更年期」である。
そこにくさびとしての観察瞑想がほしいなあと思っているのだ。雰囲気だけで、座禅と茶道なんかどうですか、というわけにはいかないのだ。そこは科学でないと。
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2016年06月24日

英国のEU離脱。生活を日々見直すことだな

もしかしたらテレビを観ている場合ではないかもしれない。世界の時間は刻々と変容し始めている。

わたしのまわりの周りにゴミがたくさんあるのは、あれば便利とか、いつか使うだろうとか、そのうち始めたいから、といって財布を緩めて購入してきたものの、変わり果てた姿である。
それは、つまり明日も来年も世界の姿は変容しない。いつまでもこのままで夜が明けるはず、という根拠のない妄想からきていたわけだ。
いま世界はそうではないと、言い出している。世界は変わる。いかようにも姿を変える。
もし英国がEU離脱を果たさなくても、ほかの国が同じことを言い出す。

本当に都市型大地震が来たときには、震災用のグッズをいかに従前に用意したとて、そんなものでやり過ごせるわけがない。
ちいさな地震ぐらいなら、やがて来る救助を待つ間だけこらえればよろしいが、そのときには救助なんか期待できないかもしれない。
だいたいこの団地では、大震災用の避難訓練したことないもの。
いまは静かに、いつでも家を捨てられるように準備しておくことだ。これって住宅建設会社の逆のはなしだな。家にも街にも思い出なんか残すな。家なんかに執着するようなものではない。

という点では、あと10年そこそこしか生きられないわれわれは、優雅なものだ。毛布一枚あれば生きていけるぞってなもんだ。
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2016年01月01日

にほん郵便の年賀状に考える

朝日新聞の投稿欄に、中年の御婦人の「もう年賀は辞めた」という文章を読んで、ありだな、と思ったのでした。
我が家では二年続きで身内に不幸があり、喪中につきにの欠礼を送っていたので久しぶりの年賀状になるわけです。
そのうえに、家内は「年賀どころではない」状態にあり、では、とわたしがそっと10枚だけお年玉つき年賀を買いまして、待機していたわけです。
ぎりぎりになるまで年賀のことは視野に入れない、というのは父も母も暮れに亡くなり義母も正月5日に亡くなっているので、経済的な考慮から早めに年賀を作って無駄にすまい、と肝に銘じているいるのです。

なぜ二度も年賀状を無駄にしてしまったのか、といえばにほん郵便の「25日までに投かんしていただければ、元日には配達します」という脅迫があるためではないでしょうか。賀状は何のために書くのか。そしていつ書くのか、というテーマですね。
これには3日に届いてはいけないのか、という疑問があります。また、貰うほうの気分に合わせる必要があるのか、という疑問もあります。
だって届けるの大変なのですよ、というにほん郵便の言訳により、25日まで投かんしてくれ、年明けめでたいかどうかは、予測の限りで結構ですから、というのだ。

まんまとこれに乗ってしまったのがわたしで、24日に数枚の年賀はがきを投函したものでした。
一方の家内は、この大みそかにもまだ残っているという状態で、おせちつくりの忙し合間の時間をみつけて書いているのです。つまりコメントを丁寧に細字で書き加えているのです。
これが本来の年賀状ではありますまいか。

もう年賀状は辞めた、と投稿したご婦人も、早急な判断よりもまえにこうしたやりかた、年賀状本来の目的にかなった方法を考えて、年明けにかけてゆっくりと相手のことを想像しながら書いてみたらいかがでしょうか、と提案したいわけです。
なに、元日に届かなくてなんの問題があろうか。主体は、にほん郵便にあるのではない。われわれにあるのです。
今回はわたし失敗したけれど、来年こそは方針を変えて、王道の年賀状を作りますからね。
9:43 2015/12/31
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